ストライプ
- ナノ -

悪夢だと思ったあの日から、一体何年経ったんだろう。
あの時の俺は自惚れていたと今の自分でも思う。あの時は思い出したくもなかったが、今となってはそれがなかったら今の俺は無かったんだろうと偶に感傷に浸るときがある。
それに、今はトキワジムのジムリーダーだ。ワタルから四天王の誘いもあったが、それを断ってジムリーダーに就任した。それが、俺にとって良い選択だと最終的に判断したから。
まぁそれだけじゃ、ないんだけどな。

「今日は挑戦者来ないんだよな?」
「あ、グリーンさん。というか聞くんじゃなくてジムに居てくださいよ」

何食わぬ顔で二日ぶりにジムの中に入り、ジムトレーナーに尋ねると小言が返ってくる。けれど、このやり取りも一体何回目なのか。数えたことないし、数えたところで桁が3以上になりそうだから意味が無い。ジムトレーナーもそれを分かってか、半分笑いながら言っている。マサラタウンに居る姉ちゃんにも同じような反応をされている辺り、公認となっている節がある。
この反応は予想通り挑戦者の予約が入っていないということだ。このトキワジムは最後の砦だし、挑戦者自体少ない。

「また今回はどこに行ってたんですか、武者修行でも?」
「そんなわけないだろ、ちょっとグレンタウンにだよ」
「あの何にも無い所に……ところでジムリーダーが居ない間に客人が来てた、って言ったらどうします?」

言ったらどうします、も何も言ってるだろ。何時もならそう切り返すのだが、そんな余裕もなかった。
意地悪く笑っている辺り、俺が思い浮かべている人で合っているんだろう。

「ちょっとまた出てくる、というか何でその時俺に連絡入れなかったんだ?」
「またですか!連絡入れてもグリーンさんが無視したんじゃないですか、ジム関連のことだと思って」
「……今度から出るようにするよ、多分な」

多分な、という言葉を聞いてジムトレーナーはそうでしょうね、と呟いて溜息を付いた。
再びジムを出て俺もまた溜息を付く。どうしてタイミング悪く俺もジムを空けていたんだか。後悔しつつも、連絡を入れてから来てくれればよかったのにと心の中で呟きながら、モンスターボールからピジョットを出した。

「悪い、タマムシシティまで行ってくれるか?」
「ピジョッ!」

この二週間、フェアかなんかで仕事が忙しくなるからシフトが多く入ってるとか言ってた気がする。だからあまりトキワシティに最近帰ってくること事態少なかったのに、戻ってきたタイミングを逃すなんて馬鹿だ。

暫く飛んでいると、眼下に高いビルやマンションの立ち並ぶタマムシシティが見えてきた。ピジョットに降下を頼むとゆっくりと地面に近づいていく。
飛び降りられる高さにまでなるとそのまま飛び降りて着地し、モンスターボールに戻した。

フェアで随分と賑わってるもんだ。タマムシシティの中央にある巨大デパートに向かい、エレベーターに乗って一気に五回まで上がる。
人も多いし、フロアは広い。そんな中見つけられるか?とも思ったが、案外見つけられるものだ。店員用のエプロンを付け、丁度レジから出てきた顔見知り。

「ちょっといいですか?」
「はい、何でしょ……何でここに居るの」
「よ、暇だから来てみたんだよ」

丁寧な言葉遣いで話しかけると客だと思ったのか笑みを浮かべて振り返ったのだが、俺だと分かると一瞬怪訝そうな顔になった。一応俺も客に入るんだけどな。
暇だとか言ったら、ジムトレーナーたちに煩く言われるだろうけど。

「ジムリーダーさんが暇な筈ありませんよね、早く帰って仕事に励んで下さい。出口ならあちらですよ」
「……お前よくそれで接客業できてるな」
「器用ですから」

営業スマイルで答えている割には回答に毒が含まれている辺り、らしいと言えばらしい。同じ場所を担当していた店員はやり取りが聞こえたのか笑いを堪えているのが見える。
友人の笑みを堪えている様子に気が付いたのか溜息を付きながら、裏へ回りエプロンを外して出てきた。

「仕事随分忙しそうだな、ナマエ」
「仕方ないでしょ、フェアなんだから。週二の私まで借り出される始末だからね、…それよりもどうしてここに居るの、グリーン」
「俺の留守中に帰って来てたんだろ?だから来てみたんだよ」
「えぇ、そんな理由で……」

苦い笑みを浮かべるナマエはそんな些細な理由で、と思っていたのだが、グリーンにとっては十分な理由だった。

マサラタウンの幼馴染で、今はトキワシティに住んでいるナマエ。週二とはいえわざわざタマムシシティのデパートにまで働きに行くことに疑問を抱いたが、興味本位らしく深い理由は特に無いそうだ。
昔からお互いを知っているせいか、良くも悪くもくだけた関係だ。仲のいい幼馴染、そう思ってるのはナマエだけだろうけど。

「まぁ……ジムリーダーが来てくれると売り上げも増すからいいんだけどね、ほら現に今この辺り人が増えてる」
「思いっきり利用しようとしてんじゃねぇか。ところで、何時まで大量にシフト入ってるんだ?」
「え、明後日まで。そしたらトキワに帰るよ」
「おー早く帰ってこいよ、どっかの誰かみたいに何年も帰ってこないとかなったら笑い話じゃすまないからな」
「あはは……どっかの誰かねぇ……」

そんな言いかたしたら死んだみたいな感じだけど、生きてはいる。まともな生活を送っているかどうかは別として。
もう一人の困った幼馴染を思い浮かべながら何気なく視線を先程自分が居た売り場に視線を移すと、列が出来て大変そうだった。
休憩時間とはいえ、何だか申し訳ない気分になる。ナマエの視線の先に気付いたのか、グリーンはナマエの肩を叩いて親指をレジへ向けた。

「行きたいんだろ?行ってこいよ」
「そうだけど……グリーンはこの後どうするの?」
「ん?まぁ、トキワに帰るよ。お前もお得意の営業スマイルで接客頑張れよ」
「わー腹立つ言葉ありがとう。それじゃあ、気をつけて帰ってね」

パタパタと売り場へ戻って行くナマエの後姿を見ながらグリーンは溜息を付きながらも笑みを浮かべた。気をつけて帰ってねと言う辺り、何だかんだ言って優しさはあるんだよな。

「あれ、ナマエ?さっき休憩に入ったんじゃなかったの?」
「忙しそうだったから早めに切り上げて戻ってきたの」
「でもよかったの?さっき話してた人、トキワジムのグリーンさんでしょ?にしても何でそんな人と知り合いなのよ」
「後半の口調が怖いって、グリーンは幼馴染。タマムシに暇つぶしに来る位なら仕事しろっての……!というか、本当に何しに来たんだろう……」

同じ売り場で働いている同い年位の女友達の質問をさらっと返したのだが、グリーンの行動に疑問を抱いたというか、いまいち理解できなかった。
タマムシシティに来てこのデパートに入って、何も買わず私とちょっと話しただけでトキワシティに帰るって一体何がしたかったの。挑戦者が居なくて本当に暇なんだろうけど、はっきり言ってあのジムリーダーは給料泥棒だ。

(あれ、もう戻ってきたんですかグリーンさん。……随分嬉しそうですね)
(っ、うっせ、何でもねぇよ)
(……誰に会いに行ったか分かりやすいよね)
(本人隠してるつもりだしいいんじゃない、気付かない振りしてあげれば)

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