Azul period
- ナノ -
彼女は、月夜と紅葉がよく似合う人だった。
白銀の髪は月の光が反射して輝き、普段は宝石のような蒼い瞳も、本気を出した時の金色の瞳は月の光のようだった。
敬愛する斑鳩の副長である姫と呼ばれるシズナ。

太陽のような人ではなく、自分は月の輝きに憧れて、魅せられた。

「シズナ様、こちらにいらっしゃいましたか」
「いやいや、アンジェ、お疲れ様。お使いをお任せして悪かったね」
「この場を離れられないシズナ様の代わりに出来ることがありましたら、何なりと」
「うーん、アンジェはクロガネと違って素直でいいね」

シズナとクロガネが持ち場を離れることを基本的にしないため、龍來へ買い出しに向かうのはアンジェの役割だった。
クロガネはシズナにとって少々口うるさい付き人だったが、アンジェは可愛い妹分――あるいは出来のいい弟子だと認識していた。
弟子を取るような身ではないと思いながらも、見様見真似で刀を握って振るい始めた彼女を教え始めたのが始まりだった。

アンジェが買ってきたちまきを頬張り、隣に座るようにぽんぽんと横の岩を叩いたシズナに頭を下げて、アンジェも横に座る。
雲一つない月夜が美しく、風によって竹が揺れる光景は風流だった。

「山にこもりっきりだから随分とアンジェも髪が伸びてきたね」
「シズナ様のようにはなれません。刀を振るうシズナ様は夜叉のように美しいですから」
「ふふ、君はお世辞がうまいね。夜叉か。まぁ、嫌いな表現ではないかな」

シズナが闘いに興じると、彼女は周りが見えなくなる程に戦いを愉しんでしまう。
それが手合わせであろうと、相手が知り合いであろうと。
そして死合を愉しみ始めると、周囲をも巻き込み、止まらなくなってしまう。
その様子は、剣聖の中でも修羅と呼べるあり方──まさに夜叉と呼べる人だった。
アンジェは、シズナのそんな奔放で天衣無縫な所も含めて敬愛していた。

「そうだ、アンジェ、明日手合わせをするかい?」
「それは……クロガネさんに声をかけてからではないと怒られてしまいますね」
「ふふ、私が止められなくなると思ってるのか。……そうでもないよ?」
「何時もそうですから。私との手合わせがつまらないと思われていないのは安心ですけど」

シズナとの手合わせは何時も手合わせというよりも自分の命を守る戦いになる。
始めは手合わせのつもりでも、彼女は途中から戦いに興じてしまうのだ。
腕を磨かなければ殺されてしまう程の強さは、彼女の美しさを引きたたせる。

「シズナ様に、見限られてしまったらどうしようかと、いつも私も必死ですから」
「見限る?君は優秀な使い手だけどね。うっかり本気を出して大人気なく戦いたくなってしまうくらいに」
「わ、私が死んだらクロガネさんに骨を巻いてくれと頼みますか……」

アンジェとしての本音は、敵の手によって殺されるならば、敬愛するシズナにとどめを刺して貰えた方が幸せな人生だったと笑って未練なくこの世を去れそうだという想いがあった。
花が枯れるよりも、冷気によって凍らせられて砕けた方が美しく散れると思うのだ。
しかし、シズナは月の周囲に輝く星をぼんやりと眺めながら、応える。

「私達のような稼業をしている限り明日の安全は保証出来ないけど……でも、アンジェは、死んでは駄目だよ」
「死んだら駄目、ですか。命令でしょうか」
「そうだね、命令と思ってくれた方がアンジェはそれを遂行しようとするからそうしておこうかな?」

シズナがそう言ってくれるのは、意外だった。
実力がない者は命を守られるか、摘まれる側であり、己で選択できる立場でいたいのなら、相応の力を自ら付けなければその権利も得られないのだとシビアに考えている人だろうと理解していたからだ。
彼女が命を花弁のように散らせるなというのなら。

「……はい、姫様。私は、どこまでもあなたにお供致します」
「あぁ、よろしく頼むよ。ちまきを一人で食べるのは寂しいからね」

月花となろう。
月の下で輝き続ける花でありたいと願うのだ。
- 25 -
prev | next