Azul period
- ナノ -
オラシオンを舞台とした古代遺物の調査の一件が終わり、その調査に当てられた守護騎士の二人も年末には休息が与えられた。
守護騎士といえども、常に休みなく仕事と役目に奔走しているという訳ではない。総本山であるアルテリア法国に戻ってゆっくりと羽を伸ばす機会というのは、限られてはいるが。
常に誰かしらか任務を与えられている中で、年末という年の瀬を振り返り、祝うために守護騎士が半数以上集まるというのは非常に珍しいことでもあった。

「別に気にしなくてもいいと思うんですが」
「守護騎士の皆さんで集まってる中に私が混ざるのは流石に……!そればかりはリオン君のお願いと言っても聞けません」
「おや、アンジェさんがここまで断るのも珍しいですね。セリスさんも連れて来いよ、なんて言っていたんですが」
「リオン君もオルテシア卿もバルク……違いましたね。ベルガルド師匠と話したいことは山積みでしょうから」

──それが、リオンがこの守護騎士の集まる円卓の部屋に来る数時間前にアンジェと交わした会話だった。
当然のように従騎士であるアンジェを連れて行こうとしたのだが、アンジェにとっては上司しかいない集まりとなる。
顔見知りも多いのだから、頼めば何時ものように断らずに来てくれるだろうなんて思ったのだが、今回ばかりは強く断られてしまった。
その一連の流れを、リオンは溜息を吐きながら同僚である守護騎士の一人、ケビン・グラハムにぽつぽつと語っていた。

「……という感じに断られてしまいましてね。とはいえ、隣の部屋で従騎士の皆さんと一緒に居るはずかと」
「せやったか。いやなに、リオンがアンジェとおらんのは何となく珍しい気がしてな」

久々に顔を合わせるはずのケビンだが、守護騎士第十一位リオン・バルタザールの所の構成はやや特殊なこともあり、疑問を覚えてすぐに問いかけてくるほどだ。
各守護騎士に付いている従騎士は、別行動を取ることも多い。潜入捜査であったり、守護騎士のサポートであったり、メルカバの管理であったり。
しかし、リオンの任務にはアンジェが同行していることが多い。
本来ならば、正騎士として単独行動を任されるような立場であるアンジェが、だ。

「そんなに指摘を受けるほどのことですか?それを言うなら僕とセリスさんが組まされることが多いのとそう変わらないような気も」
「あぁ、アンジェの単独での正騎士としての活動はリオンが断るものだから保留中だ」
「……総長……」
「ん?アンジェのそんな話が来てたのかよリオン。つうか、お前断ったってアタシは聞いてねぇぞ」

口角を上げてこの件は濁したかったリオンにとってあまり都合の良くないアシストをするのは、際物ぞろいの守護騎士を束ねる総長、アイン・セルナートだ。
アンジェの件に関する打診を断って、特に深く事情を追及されることもなく申請を受け入れてくれたのはいいが、こうもつつかれると都合が悪い。

(実力のある筈のアンジェを、僕付きの従騎士から外さないのは、確かにエゴですけど)

「いやまぁアンジェが居るのもアタシもなんか当たり前になってたし視るのが苦手なアタシとしては助かってるから強く言えねぇが」
「彼女は独立させない方が良いと僕は思うけどね。根本的な所でその方が良いだろって総長も思ってるんだろうし」
「おや、気が合いますね、ワジ君」

能力値はあっても、アンジェという人間はリオン・バルタザールの命を最優先する所がある。
多くの罪なき人々を助ける倫理観も理性もしっかりと持ち合わせている。
だが、唯一、リオンと天秤に何かをかけなければいけない状況になった時に、アンジェは迷いなく彼を選ぶ。
天秤にかけるものが自分の命であってもだ。

閉鎖された地獄のような場所から救いあげられ、外の世界を教えたのも、それからの生きる指針となったのも、アンジェにとってはリオンだ。
その詳細を知っているのは守護騎士の中でも一部だが、それ故にリオンの我侭のような申請の跳ね除けも、配慮がされている。

「オレは彼女と会ったのは二回くらいだが……それだけの力がある人なのか。同じ歳の正騎士、不思議な気配をまとっているとは思ったが」
「守護騎士ではないがアンジェはなかなか特殊な経緯でここに所属し、リオンと行動しているからな。別の変化は必要だろうが……現時点ではとやかく言うことでもないかもしれんが」

彼らの師であり、全てを知るベルガルドは現状このままであることに問題があることは知りながらも、強く言及することはしない。
こればかりは本人達が気付き、変化に踏み出す必要があるのだから。
本音を覆い隠すのが上手く、それなりに上手くこなすことが出来る器用なリオンがその変化を自ら選ぶのは。

──セリス以上に難しいことなのかもしれないと、ベルガルドは見抜いていたが。


守護騎士同士の会合を行う隣の部屋に集まるのは、彼らの従騎士である星杯騎士団の一部のメンバーだった。
アンジェにとっては同僚ではあるが、正式な意味での同じ立場の同僚はアッバスだけと言えた。だが彼と違い、アンジェに弟子は存在しない。
テーブルに並ぶのは年末の集まりに相応しいだろう料理の数々で、その中で酒が用意されていないのは真面目なメンバーが多いからと言えた。
アンジェはテーブルに乗せられたスイーツを口に運び、堪能すると共に笑みがこぼれる。

「リースさんが持ってきてくれたこのご飯、美味しいですね」
「法国のご飯以外にも私たちが昨日まで居た国のお菓子も持って来てみましたが……そういえば、アンジェさんは共和国だったんですよね」
「えぇ、共和国のご飯も美味しかったですよ。特にスイーツの知識に偏ってしまいましたが」
「スイーツ?」

ケビン・グラハムの従騎士であるリース・アルジェントやワジ、副長であるトマスの従騎士達も揃っている。
共和国でヴァン・アークライドに美味しそうなスイーツを教わったのはアンジェにとっては嬉しい情報だったが、そうして影響されるのはリオンとしては一番複雑なことであることはアンジェも知らない。

──違う男に、それも少々目の敵にしている所がある男に影響を受けている物があるというのは、面白くなかった。

「煌都の方のスイーツや、バーゼルの方のスイーツ……でも、一番他の地域でも食べられそうなのはクインシー社のチョコやパフェとか……共和国で詳しい方に教えていただいたんです」
「!クインシー社……懐かしいですね」
「リースさん?」
「ふふ、何でもありません」

姉のルフィナと、幼馴染のケビンと食べたことのある思い出の味。
アルテリア法国でこうして年末という一区切りの象徴的な日に、再び口にするのはリースとしては感慨深くもあった。
リースとこのお菓子や料理も美味しいと和気藹々と話すアンジェの姿に、教会に戻ったばかりのスカーレットは目を瞬かせる。

「アッバスから話を聞く限り、もう少し機械っぽい人なのかと思っていたけど、普通なのね。ああ、悪い意味ではないわよ」
「よく言われますから気にしないでください、スカーレットさん。それに、人間みが希薄に映るというのは、間違っていないと思いますし。私、墓守の方が見た目は似合いそうって副長に言われますし」
「すみません、ライサンダー卿が……」
「ロジーヌはともかく、聖職者に見えねぇっつーのは数人以外そうだろうが。オレ達の経歴のせいだがな」
「そうね……私も出戻りとはいえ褒められた経歴では無いし。うちのボスも変わってるけどね」
「ワジは確かに変わってるが、他んとこの守護騎士とやらも大分濃いだろ」
「……尊敬していますが、否定は出来ませんね」
「リオン君、確かにちょっと怪しいこと言うこともありますが……そこまででしょうか?」
「あの主人あってこの従騎士ありというか……」

言うほど変わっているだろうかと首を傾げるアンジェに、ヴァルドは大きな溜息を吐いて『星杯騎士団は褒められた経歴ではない自分以上に変な奴が多い』と実感しながら頭を抑える。
──守護騎士第十一位の所はバベルの時も協力してくれたとはいえ、大丈夫かと。
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