Azul period
- ナノ -
アルマータの一件が一段落ついた後のおよそ三ヶ月後。
残党も、アルマータが遺した物も徹底的に洗い出され、事件は終息したと思われていたが。
不可解な噂話や事件が起きていることが、守護騎士の間にも伝えられる。
今回、改めて同じ守護騎士の第四位であるセリスさんと、守護騎士では無いとしても従騎士として一人同行するアンジェさんが命じられた調査。
それが相応の危険が伴うものだという総長の采配によるものだった。
当然、今回の任務にもメルカバは持ち込めないため、鉄道でのイーディス入りだ。

セリスさんとは現地集合になり、それまでの旅路はアンジェさんと二人きり。最近としては珍しい、心が穏やかになる時間だった。

「しかし、アルマータの遺産ですか……古代遺物が消えてしまったことといい、随分と穏やかではない話が舞い込んできましたね」
「えぇ、そのアルマータの遺産という単語、消えたという古代遺物、もしくは他の古代遺物だった場合は回収しなければいけません」
「紅い魔装鬼の話も気になりますね。ヴァンさんではないことは確かですが、だからこそ心配というか」

アンジェさんが口にした『ヴァン』という名前に、思わず方眉がぴくりと動く。

「……アンジェさんは、随分とあの裏解決屋さんを気にかけますね」
「それは……魔王の力を宿しているという話、やはり心配になりますからね。高位悪魔……それがどれだけ危険なものであるかも分かっているつもりですし」
「はぁ……それが余計にアンジェさんとヴァンさんを会わせたくなくなるんですが」
「え?」

ヴァン・アークライドへの複雑な敵意にも似た感情を初めに抱いていたのは悪魔を狩る聖職者としての立場や、師匠であるベルガルド先生の手を半年も煩わせたという先入観もあったが。
悪魔という話において、アンジェさんが妙にヴァンさんに親近感や同情心を抱くのは面白くなかった。
ただ、アンジェさんが教会に保護されるようになったきっかけが、悪魔の憑依を試みられていた被害者であったことを考えれば、彼のことを気にかけるのは理解出来るのだが。
それが面白くないかどうかは別問題だ。

(アンジェさんが僕を好いてくれているというのは分かっていますが、あの件は彼女の中で無かったことに暗示をかけてしまいましたし)

「……はあ。覚えていてもらっていた方がよかったですかね」
「リオン君?」
「いえ、何でもありませんよ」

聖職者が愛欲に興じているなんて、ご法度とまでは言わないが、窘められてもおかしくはないだろう。
彼女との関係を曖昧にしているばっかりで、中途半端に決断を迷い続けている自分を未だに変えられず、定められずにいる。
それこそ、僕の罪、なのかもしれない。


──2月27日。
首都イーディスから離れたメッセルダムに到着したのは夕刻。かつてアルマータの本拠地があったこの都市でアルマータの遺産を調査するのは第一ステップだ。
アルマータの遺産という単語。それが一体何なのかは分かってはいない。
ただ、古代遺物の可能性も高いとなると、オラシオンでの一件に携わった身としては捨て置けない。

「ゼクトアームズ社がアルマータのビルを買い取ったんですね。何かありそうな気がしてなりませんね」
「端末等の情報も一応警察等で調べ尽くしたとはいえ……秘密の階層があってもおかしくはなさそうですし」
「アンジェ、このビルの全体図が何となくわかるか?……アタシは霊視、得意じゃねーし」
「ふふ、任せてくださいオルテシア卿」

メッセルダムの港近くの建物。現在はゼクトアームズ社が買い取っているアルマータ跡地。入念な捜査が警察によって行われ、これ以上の情報は出てこないと判断された後に売りに出されたもののようだが。
アルマータの遺産という言葉が出てきた以上、この建物も無関係な訳ではないだろう。
霊視が得意なアンジェは静かに目を閉じて神経を集中させる。


「恐らくこの建物……地上以上に地下がありますよ。この深さ、恐らくこのビルの本命はこちらではないでしょうか」
「おいおいマジかよ。何か情報が入ってそうな端末とかもそっちにあるんじゃねぇのか?」
「どうやら僕たちの前に侵入者が居るようですね。都合がいい」

情報を得ようとしている集団が都合の悪い集団であって欲しくはないが、メッセルダムでロケをしていた中にジュディス・ランスターが居たことを考えると。
彼らだろうと察し付いていた。
正面から入っているというのに、敵襲が少ないのは先にこのビルに侵入した侵入者に集まっているからだろう。

「!セリスさん」
「あん?これ、毒物か?なんかよく見たらあちらこちらにあるじゃねーか」
「危険物ですし、凍らせておきますか。セリスさんは……あぁ、もう燃やしてますよ」
「毒の中和に少し時間がかかるのでお二人のそれは頼りになります」
「毒素の分解が出来るというのは特殊能力だと思いますけどね」

業火と氷結で毒物らしき装置を壊していく二人の姿の頼もしさに、アンジェは肩を竦める。
鎌の刃は毒素を分解する力があるが、即効性がある訳ではない。
怪しげな実験施設が並ぶビルの地下を進んでいくと、交戦している銃や剣戟の音が聞こえてきて、三人は顔を合わせる。

メインシステムが設置されたその部屋で、迎撃するために集まったゼクトアームズの兵と戦っていたのは首都を本拠地にしている筈のヴァンとバーゼル理科大学に所属しているカトル、それにグリムキャッツだった。
しかし練度で彼らには勝らなかったのか、兵は倒れて機械人形は壊れ、ゼクトアームズ社の主任だけがあるロザリーと対峙している現場に居合わせた。
毒ガスを使用しようとしていたらしいが──丁度、この部屋に来ると共に壊してきたものだった。

「ヴァンさん!皆さんも、ご無事のようで何よりです」
「星杯のお前ら……!どうしてここに」
「お久しぶりですね、解決屋の皆さん──どこぞの獣じみたそっくりさんのせいで手配寸前だったというヴァンさんも」

──やはり、少し、面白くは無い。
別に特別な感情がある訳では無いと分かっているのに、ヴァンさん達を見て安堵したアンジェさんの横顔に、冷えた感情が心の底で沈んでいく感覚を覚える。

(関係を明確にしていない癖に……こんな感情は烏滸がましいんですけどね)

凍った感情を砕いて。気づかなかったふりをして。
現実に意識を戻す。
開発主任のロザリーが逃げた分厚い扉の向こうへ悪戯に視線を向けつつ、キティエンジンの裏モードを使ってハッキングするとともにゼクトアームズ社本社にも繋がっているというサーバーを、カトルは慣れた手つきでクラッシュしていく。
扉越しにロザリーの悲鳴が聞こえるのを無視して、非人道的なデータの数々は徹底的に消去されるのだった。


──アルマータの遺産に関する情報の足がかりを手に入れた翌日。
星杯騎士団の三人と解決事務所の三人は合流し、お互いの目的が一致しながらも被りきらないことを確認した上で協力体制を築くこととなり、カトルの私物の端末にのみ移したデータを確認していく。
その遺産らしき物が隠されているかもしれないポイントがゼクトアームズ社によって指摘されていたが、絞りきれていない程の候補地の多さに肩を落とし、リオンは星杯騎士団としての助力を申し出る。

「やれやれ、仕方ありません。我々も一肌脱ぐことにしましょうか。ああ、セリスさんは結構ですよ。視るのは苦手でしょうし」
「ぐっ……霊視くらいアタシだってやる時はやるっつーの……まあでもお前の方が慣れてるしな。……わーった、ここは任せる」

本来ならば霊的なものを視るものではあるが、霊視を得意としているリオンとアンジェの霊視はシャドウサーチに似た性質を持っていた。
裏口のような隠し通路がありそうなポイントをしらみ潰しに当たり、バラクーダという店に絞られた。

「各ポイント全ての可能性も潰したけど、案外早めに特定出来て良かったよ」
「そうね、あたしのスケジュール的にも有難いし、寒くなってきたし」
「雪、降り始めましたね」

ぐっと朝から冷え込んできた気温に、カトルはふるりと身体を震わせ、リオンははらはらと地面に落ちる白にふと微笑む。

「雪、僕は相性的に好きですけどね。アンジェさんにとっては……この景色はどうでしょう?」
「私も好きですよ。確かに、あの日の景色を思い出しますが……それ以上に、リオン君に出会った日を思い出しますし」

リオンにアンジェが出会い、救われたというあの日も丁度、雪がはらはらと降っていた。
故郷に関して辛い記憶も確かに多くあるが、彼と出会えたという事実の方がアンジェにとっては重要なことであり、リオンはアンジェにそう思ってもらっていることを自覚して、雪が降る空を見上げる。

「アンジェさんが、『雪が好き』っていうのは、悪くありませんね」
「えっ……?」

(もしかして、バレて……ないですよね……?)

──リオン君が好き。そんな隠している淡い感情がまさか本人にバレていないだろうかと煩く跳ねる心臓の音にはらはらしながら、リオンの顔を盗み見るアンジェだが。
プライベートに近い二人の会話を聞いた二人の様子に気づく。
アンジェがリオンのことを好いていることを隠しているつもりらしいが、本人は気付いている、と。

映画女優としてクランクインしているジュディスが映画撮影の様子を確認したいという事で港へと足を運ぶと、丁度ゴールデンブラッドと狼達の鎮魂歌のクロスオーバー作品である映画の、脚本にはなかった話の撮影が進められていた。
雪を背景に、新犯人が発覚するという重要なシーンを即興で熱を込めて演じるジュディスとニナの姿に、高揚が隠しきれていないのは映画マニアでもあるリオンだ。

「へえ、映画の舞台裏っつーのも案外面白ぇじゃねーか。即興とは思えねえ完成度だしな」
「いや〜、感激ですねぇ!綺麗所のお二人の演技を被り付きで見られるなんて」
「ってオイテメ―……」
「わははっ!わかるかリオン君!もっと早く声をかけてくれれば色々と見せてやれたんじゃが──」
「そういえばヴァンさんは代役で出演までしたとか。……監督、次はぜひ僕にも機会を」
「おおいいとも!リオン君は容姿端麗じゃし、何なら俳優デビューというのも……!」
「アンタも乗ってんじゃねぇ!」

──綺麗所二人。リオンが零したジュディスとニナへの評価に、アンジェはびくりと肩を揺らし、顔を曇らせる。
女優や俳優、モデル等を褒める気持ちや感情はよくあることだし、普通の感情であることも承知しているのに。
反射的に落ち込んでしまう自分を恥じた瞬間。偶然のタイミングでゴッチ監督はそのリオンの同伴者であるアンジェに勢いよく話を振る。

「アンジェ君も映画好きじゃったな。その清楚で露出のなさ、エロも映えると思うんじゃ!一見ニナ君達の雰囲気に近いと見せて、ゴールデンブラッドにエキストラのお色気担当として出るのも良さそうじゃ」
「!ゴッチ監督、僕と意見が合いますね。僕もアンジェさんはそういうのも合うと思います」
「り、リオン君……!?」

ゴールデンブラッド17禁版のシーンを知っていることを前提に『合う』と勧めてくるリオンの真意が測れず、顔に熱が集まっていくのを感じながらアンジェは首を横に振る。
一瞬もやっとした感情はどこへやら、好きな人に似合うと褒められるのは悪い気分ではなかった。

だがリオンとアンジェのやり取りに、ヴァンは呆れたようにセリスへ視線を送り、肩を竦めた。

「おい本当にこの上司でいいのかこの娘は……」
「リオンのこういう所は変わんねぇからな。慣れるしかねぇっつうか、もう慣れてるんだろ」
「映画の要素的にはあたしも分かるし、確かにアンジェさんの身体能力も踏まえたらゴールデンブラッドも似合うでしょうけど。いや本当に似合いそうね」
「ちょっとジュディスさんどっちの味方なのさ」

どこまでもズレながらバランスのいい二人だというのが、周りからのリオンとアンジェの評価だ。
しかし、部下──ヴァンで言う所の助手に対して17禁の映画で露出をするのも似合うと熱弁するのは如何なものかとヴァンも顔を顰めるのだった。

「あぁ、そうだ。アンタらにも見て欲しい……いや、関わっておいて欲しい所がある」
「?ヴァンさんがそういうのは珍しいですね」
「つまり、アルマータの件とはまた別路線のそれだけの案件ってことか」
「そういうことだ。別の専門家の意見もあった方がいいだろうしな」

ヴァン達が仮想空間であるお伽の庭城の説明をしながら、アクセスポイントへと足を運ぶ。
危機管理を行うマルドゥック社の最新技術、戦術オーブメント《Xipha》と導力ネットワークを利用した仮想空間サービスが乗っ取られるなんてことは、誰もが感じていることではあるが、あまりにも異例中の異例だ。
それも紅黎い魔装鬼が現れ、各地で情報統制されて隠されているとはいえ惨殺されたという事件が始まり、アルマータの遺産が囁かれたと同時期に乗っ取られたというのは、教会としても気になる内容だった。

「なるほど。これがMK社が進めていた仮想空間が乗っ取られたという庭城ですか……」
「まるで自分自身が動いてるような感覚を体験できるのは面白いですね」
「自分が思ったように普通に動きやがる。すげぇな」

新しく来た星杯騎士団の三人に、別所から庭城にアクセスをしていた裏解決屋の面々にヴァンの幼馴染、そして裏解決屋代行を任された元庭園の3と9の二人は手を振って挨拶をする。
時分の身体ではなく、再現されたシュミレーターの筈なのに、まるで自分の体そのもののように感じられる感覚は不思議なものだった。

「あ、そっちの二人はバベルの時に協力してくれたっていう二人だー」
「どうもこんにちは。貴方達はスウィン君とナーディアちゃんですね。直接お話はしませんでしたが初めまして」
「裏解決屋代行なんて、物好きですね。いや、寧ろヴァンさんより上手くやれてしまうのでは?」
「も、もう、リオン君」

二人の会話している様子にピンと来たナーディアは口角を上げてぱん、と手を叩く。

「ははーん、なーちゃんは応援するよ。恋する乙女は応援するものと決まってるのです!」
「な、何のことですか……!?応援って何のことですか!?」
「教会の人だけどなんか親近感湧いたかもー」
「あはは……フィーさんの時以上にからかわれていますね」

アンジェ本人はあくまでも本気でリオンに自分の密やかな恋心がバレていないと思っているのだが、アニエスやフィーが直ぐに気づいた程の分かりやすさなのだ。
人間観察が鋭いナーディアには直ぐに分かるだろう。慌てて否定し、アニエスにも口止めしようとするアンジェを横に、リオンは小声でナーディアを制する。

「あまり僕の部下をからかわないであげてください。からかうと"いい反応する"のは分かりますけど」
「これは……気付いてるのに敢えて気付かないふりをしてる悪い男と見た」
「ふふ、何のことでしょう」
「ナーディア、何の話をしてるんだ?」
「むー!すーちゃんはもうちょっと気付いてくれていいのー!」

気付いた上で彼女との関係を誤魔化しているリオンの強かさにナーディアはろくでもなさそう、とジト目を向ける。
しかし、恋心を全面に出しても妹としか思ってくれない想い人のことを考えると、どちらがいいのか分からないとがっくりと肩を落とすのだった。
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