橙花火
- ナノ -

友達の終わりまでの新雪

 このパシオを取り仕切る若き王、ライヤーとフーパが出会って一年目。
多くの地方からトレーナーが訪れて盛り上がりを見せるパシオでの日々は、ライヤーの手腕があってこそだと誰もが理解していた。
そんな彼が自らバディを組む決断をしたフーパとの出会いを、おともだち記念日として祝う為のイベント。

「……っていう計画だ。ダンデと手を組むよりアイツとフルバトルをしたい気持ちはあるが、今回は記念祭だからな」
「ふふ、そういう所で頼ってもらえるのがすごくキバナらしい」
「言い出しっぺはハルカだけどな。こういう祭りならオレ様持ってこいだろ」

そのイベントの主催の一人が、今回はキバナだった。
生き生きと今回の趣旨を語りながら、試合の様子を写真に撮るのだというキバナの計画を耳にしたエスカは、無意識に微笑んでいた。
人の為に盛り上げようだとか、そういうことを自分で楽しみながら計画できるキバナの人当たりの良さや社交性に、漠然と思うのだ。

(こういう所が、好き)

キバナの、こういう所が。
彼の温かな感情が自分に向けられていたとしても、誰に向けられていたとしても。エスカにとっては些細なことで、彼への好意を再認識する要素だった。

「ん?エスカ?」
「ううん、何でもない」
「そうか?イベントだからな、特別な衣装は用意させてもらうつもりだぜ」
「……キバナ、お洒落だからどんな服でも似合いそう」
「……、そ、そうだよなーオレ様のファッションセンスならどんな服を着ても目を引いちまうだろうよ」

──エスカに格好いいと意識してもらうような服を着たら、エスカはどんな反応をするだろうか。
ぼんやりと彼女の反応を予測してみたキバナは、ちらりとエスカの顔を覗き見るが「似合いそう」と言いながらも恥ずかしがっている訳でもない彼女に、肩を落とす。

(もっと意識させるためには、敢えてどんな服か伝えずに当日驚かしてみるか?)

特注した衣装で写真を上げることで注目されるのも悪くない。そういうのも勿論キバナは好きだった。
だが、誰よりも彼女に。
エスカに格好いいと見惚れてもらいたいと願うのは当然というものだろう。


──後日。
ポケモンセンターで話し合いをしているフウロとハルカを見かけたエスカは、顔を出した。エスカはイベントの主催に名乗りを上げていなかったが、二人の少女はキバナと親しい彼女も今回の件に当然既に絡んでいるものだと思い込んでいた。

「あっ、どうもエスカさん!」
「ハルカちゃん、フウロさん、こんにちは。キバナに聞いたけどイベントを開催するんだよね」
「そうなんです!ご本人達にはまだ内緒ですけど」

ドリバルとチェッタにも応援を頼み、大規模なイベントを開催しようとしている計画の詳細を聞いたエスカが興味を示した姿にピンときたハルカはエスカの手を握った。

「エスカさんも参加しましょうよ、イベント!」
「え……わ、私は……」
「あれ?キバナさんが協力してくれるってことは、勝手にエスカさんも一緒に来てくれるんだろうなーとか思っちゃってました」
「ふ、フウロさん……!?あの……確かにキバナのサポートはガラルでしてたけど……いつもそうかと言われると」
「ご、ごめんなさい、てっきりお二人は特別な関係なのかなと」

フウロの言葉に、胸の奥に突風が吹き込んだような感覚になる。
エスカとしては淡い恋を一方的にしている様子を見せたつもりは無いのだが、他人から見て気付かれるほど分りやすいのだろうかと考えては、じんわりと頬が熱くなっていく。

「あら……」

エスカの表情は淡々としていて分かりづらいというのは、出会ってから今日までのやり取りで彼女と会話したトレーナーは分かっている。
分かりづらいけれど、決して冷たい訳ではなくて、穏やかで優しい性格をしているということも。
キバナと縁が深いということは理解しているが、エスカがキバナに対して恋焦がれていることはルリナやソニア以外は知らなかったものの。
俯いて顔を赤らめているエスカの表情に、フウロとハルカは顔を見合わせてにっこりと微笑む。

「私、ルリナさんに声かけてみます!ルリナさんならエスカさんに似合いそうな服をよく分かっていそうですし」
「そうそう、エスカさんも着ましょうよ、バディになる子と合わせたドレスを」
「えっ、その……私まで、いいの?」
「当然ですよ!何なら、キバナさんには内緒でサプライズとして用意しちゃいましょう!」

どのポケモンとバディを組んで新しい衣装に袖を通したいか。
ハルカに問いかけられてエスカは自分達のポケモンを思い浮かべ、今回のイベントに適任のバディをモンスターボールから出す。
ドラゴン使いのキバナと並んで戦うことがあるのなら、彼を良く知っているドラパルトこそが適任だと考えて、ドラパルトの頭を優しく撫でるのだった。


──さてエスカ、どんな反応してくれるかね。
サングラスを胸ポケットに引っ掛けて、鏡で身だしなみをチェックするのは、フライゴンをイメージしたベストやシャツを身に纏ったキバナだった。
好きな奴に格好いいと思われたいというのが、キバナの素直な本音だ。
普段の服の色合いのイメージは、おそらく紺やオレンジを思い浮かべる人も多いだろう。
七分丈のシャツだとか腕時計などの小物で遊んでいる所は何時ものキバナらしい部分だったが、今回の白を基調としたベストは、普段のイメージとは異なる色合いだ。

「どっちかっていうと、白はエスカだよな」

彼女を連想させるような、白い衣装。
黒いシャツに対して合わせられるベストは様々な色があったけれど、自然と、無意識に。その色を手に取っていた。
しかし、彼女に染められていると言うよりも。

(オレが、エスカに侵食してるって言った方が正しいか)

フウロとハルカに聞いていたエスカが居る場所へと向かうキバナの足取りは軽く、そして早足だった。
エスカが居るという研究室横の一室の扉を開く前にバンダナの向きを調整して、扉を開く。

「よう、エスカ!オレ様のこの服は、……」

エスカの姿をポケモンセンターで見つけたキバナは、その後ろ姿に固まった。
見慣れない裾に向かって白から青いグラデーションが鮮やかなドレスを身に纏い、髪の毛を結わえてまとめ上げて髪飾りをつけたエスカがそこに居るなんて、予期もしていなかった。
咄嗟に浮かんだ感想が、可愛いではなく「綺麗だ」だった。
だが、驚きのあまりその声が出てこなかった。

「エスカ、そ、その衣装……」
「キバナが正装するならって、ルリナとソニアがカミツレさんにお願いしてくれてたらしくて……ドラパルトと今回はイベントを楽しむつもり。キバナは白いタキシードなんだね」
「あぁ、今回はフライゴンに合わせてな……」
「……その、格好良いし、似合ってる」

しかし、キバナの動揺を遥かに超えて動揺していたのは、表情に表していないエスカの方だった。
もう少し気の利いた感想を言えればいいのに。
格好いい、似合ってる。
そんなありきたりな言葉しか出てこない。
エスカの率直な感想にキバナは口元を覆い、もう一度エスカの姿を目に入れる。

「その、ありがとな、エスカ。それと……」
「?」
「エスカの方がすっげー綺麗で、似合ってるぜ」

キバナが口にした澄み切った感情は、エスカの胸に新雪のように恋心として積もっていく。
言葉に煌めきというものを感じることがあるとすれば、その多くはエスカにとってキバナと過ごす日々の中に多くあることを、自覚してとくとくと鼓動する。

「当日も、オレにエスコートさせてくれよ」

エスカの仄かな恋を知らず、キバナは手を伸ばす。
──はにかむように微笑んで小さく頷く彼女の隣は、誰にも譲りたくないのだから。