橙花火
- ナノ -

初恋の延長戦

 人の良い朗らかな笑顔に、天気のようにころころと変わる表情。
穏やかで人当たりが良くてファンサービスにも厚い。
SNSでの印象が先行しているかもしれないけど真面目で、実は凄くストイック。だけど、試合中は吹き荒ぶ砂嵐のような猛々しさ。
褐色の肌。優しげな目元が特徴的なターコイズの瞳。
大きな掌に、高い身長だが、人と目線を合わせてくれようと膝を折ってくれる所。

全てが、彼を構成している要素だ。
そんな彼を好きになったのはもう随分と前になるけれど。時が経ってもやはり、好きだと迷いなく答えられるのだ。


近頃、トレーナー達の中で噂になっている島がある。ポケモンとトレーナーが共生している人工島、パシオ。
相棒であるポケモン、バディと心を合わせることで技も進化するそうだ。
それはダイマックスとはまた異なる仕組みであり、研究も進められている。
何故その話題が上がったかというと、パシオで開かれた『各地方のチャンピオンによるバトル』の話をユウリから聞いたダンデが、ライアーの誘いもあり、パシオへと向かったからだった。
不思議と現在各地方のトレーナーやチャンピオンたちが新たな環境で新しい刺激を受けながら更に進化する為に集まりつつあるようだ。

ガラル地方を出るという経験は、私にとって初めてのことではなかった。
幼少期、親の都合でシンオウに居たが、こうしてガラルに帰って来た経緯がある。
ダンデ君から届いたメールを読み返しながら、上にカーディガンを羽織ってベランダに出た。
星が綺麗なナックルシティの夜空を見上げて、足元に居るグレイシアの少しひんやりとした体を撫でた。

「どうしよっか、グレイシア」
「シアッ」
「……うん、そうだね。今考えてるトレーナー復帰のことを思えば、パシオに行って修行して、グレイシアともより一層連携を高められたらいいよね」

隣のベランダの窓が開く音がして、反射的に視線を上げる。
部屋着を着て、オレンジのヘアバンドも外してリラックスした状態のキバナが「よう、エスカー」と声をかけながら部屋から出て来た。
自分の借りている部屋の一つを貸してくれた、私の好きな人。
ベランダ越しに会話ができるこの時間が、私にとっては特別な時間だった。
とくんとくんと胸が鳴る音は、自分にだけ何時も聞こえる。緊張していないように見せているだけで、キバナと話す時は誤作動を起こしたように高鳴るのだ。

「一つ聞きたいことがあるんだが……ダンデから聞いたか?パシオってとこの話」
「うん。今日ダンデ君から『ぜひ来て欲しい』って連絡受けたんだけど、キバナにも来てるよね」
「あぁ。オレ様としてはダンデが居るっつーなら、アイツに勝つためにも行こうと思ってな」
「……そうなんだ。そっか、キバナも行くつもりだったんだ」
「も、ってことはエスカもか!?」

手すり越しに前のめりになって、キバナが手を伸ばしたら届きそうなくらいな距離になる。
行こうか検討していることを、昔馴染みだからだとしてもこうして喜んでくれるだけで勝手にあぁやっぱりキバナのことが好きだなって実感するのだ。
別に想いを伝える気はないし、この恋が叶わなくてもいいとも思っている。
だけど、密やかに思わせてほしい。
キバナが行くというのなら、もう心は決まったようなもの。足元のグレイシアも頷いていた。

「けど、ファイナルトーナメント開催前で大丈夫なのか?オレ様としてはエスカもパシオに行くのはめちゃくちゃ嬉しいけどな」
「それなんだけど、何故かオリーヴさんから連絡が入って。ファイナルトーナメントの開催、延期することになったでしょ?」
「あぁ、各トレーナーの調整時間が必要だっていうローズ委員長の配慮だったっけか?」
「開催日が延びるともなると、調整のし直しとかで忙しくなることを覚悟してたんだけど、オリーヴさんが『ナックルジムと、特にスパイクタウンの運営を頑張ってくれたから暫くゆっくりして頂戴』って言ってくれて」
「へぇ〜ボーナスっていうか、特別休暇みたいなもんか。まぁ確かに今回ネズんとこでは色々あったしな」

確かに、リーグ本部としてはスパイクタウンを閉め切ってしまった騒動は頭を抱えたのだろう。
実際連絡を受けた時は確かに驚いたけど、ネズは確固たる信念を持っているだけで良識的だし、友人としてあれだけで評価をしてほしくないというのが本音だ。
休職ではなく、有給扱いにしてくれるのだからありがたい話だ。

「だから、トレーナー復帰も考えながら、ダンデ君のお誘いに乗ってパシオに行ってみようかなと思ってたの」
「……マジで?エスカがトレーナー復帰!?」
「うん。今回のジムチャレンジに刺激を受けて」

──キバナと、同じ所にまた立ちたくて。
そんな本音は口には出さずに、密やかに夜に溶かす。ジムチャレンジで使用するポケモンとはいえ、鮮やかに勝利をもぎとっていったユウリちゃんを始めとするトレーナー達に刺激を受けたのは本当のことだ。

「またエスカと対戦出来るのか。あー、本当に嬉しいぜ」
「ふふ、ありがとう。ちょっと暫くはカンを取り戻す必要はありそうだけど」
「……オレもそろそろ腹括んなきゃだよなぁ……」
「キバナ?」
「何でもないぜ。あぁ、移住とまではいかなくても長期滞在になるなら家は借りなきゃ駄目だよな。その辺りの手続きもオレ様がやるぜ」
「あ、ありがとうキバナ」

――あれ?
家を借りるのまで、任せていいのかな。
今、こうして部屋を借りてしまっている私が言えることでもないのかもしれないけれど。
そんな疑問が過ぎったけれど、上機嫌に「まずネズに色々聞いてみるか〜」と調べ始めたキバナにお任せしたのだった。

オリーヴとローズに連絡を入れ、キバナと共にパシオへ行くことを決めてからはあっという間だった。
勿論、ソニアとルリナにも修行も兼ねて行ってくることを連絡した。二人には相当驚かれたけど、頑張ってと応援してくれるのは本当に有難いことだった。
キバナがパシオに向かったという情報は瞬く間に本人によってSNSで拡散される。

「凄いね、キバナ。こんなにいいねが付いてる」
「だろ〜?オレ様がパシオに行くって知ったらパシオもまた盛り上がるぜ!」
「ふふ、そうだね。キバナの試合を見たくて来る人沢山いるよ」

キバナのアカウントに載せられた写真は、パシオの飛行場のエントランスだ。
「遂に来たぜ!」というシンプルな投稿だったが、ファンはキバナも遂にダンデやネズに続いてパシオに来たのだと気付いて反応しているのだ。

人工島であるパシオだが、その広さは幾つもの街が作れるほどの大きさだ。
最近では集まった屈強なトレーナー達がしのぎを削り合いながらバトルをしているという話を聞きつけたファンや観光客も随分と多く来ているそうだということは、ここに来るまでの飛行機の座席シートに入っていたパンフレットを読んで把握していた。

お互い荷物の入ったトランクケースを手に、飛行場を出て、待ち合わせの場所へと向かう。
ナックルシティでも人とポケモンは共存しているが、この街はトレーナー達があまりポケモンをボールに入れていない印象だった。

賑わうパシオの中心、セントラルシティの広場に、先に来ていた友人達が待っていてくれたことに、顔が綻ぶ。
彼らの姿に少し距離を置いて黄色い歓声をあげているファンの姿も目立つ。
無敵で最強のチャンピオン・ダンデ。そして、シンガーとしても有名なジムリーダーネズ。
太陽のような笑顔で手を大きく振ってくれるダンデと、小さく手を振ってくれるネズは対照的だ。

「あぁ来たな!キバナ!エスカ!」
「久しぶり、ダンデ君、ネズ」
「まさかエスカが来られるとは思っていませんでした。リーグといい長旅といいお疲れさまでした、エスカ」
「おーい。オレ様には無しかよ、ネズ」
「キバナは予想通り過ぎましたから。キバナから喧しいメッセージが来たんですが、トレーナー復帰するんですね、エスカ」

ダンデが来たのなら、キバナも当然来ると思っていたのはネズだけではなく、ファンも思っていたことだろう。
ネズの問いかけにこくんと頷き、ボールから出ていたグレイシアとドラパルトも本格的なバトルを心待ちにして意欲が漲っているのか、身体を跳ねさせながら応えていた。

「色々と葛藤はあったかもしれないが、嬉しいぜ、エスカ。リーグ委員は大丈夫なのか?」
「……ありがとう、ダンデ君。オリーヴさんから連絡があって、暫くお休みを貰えてた所だから」
「そうだったんですか。それで長期滞在も叶って家を探していたということだったんですね?」
「そうなんだけど……それに関してはキバナが全部進めてくれたから分からなくて」
「ネズにいい所ないかって聞いててな。ちなみにネズとマリィが借りてるアパルトメントの二階の空き部屋を借りたんだよ」
「そうなんだ。じゃあキバナとネズはご近所さんになるんだ」
「ん?エスカもそのアパルトメントだぜ?っていうかオレ様の部屋の隣」
「!?」

任せて、しまったけど。
まさかお隣さんになるように手配しているとは思っていなかった。
ネズが「元々隣の部屋なんだからそんなに驚きますか?」と指摘するけど、心の準備は欲しかった。もう休日や夜にベランダで会話をする日々ではなくなると思っていたのに、このパシオでもまた同じような日々になるとは予知出来なかった。

今は、嬉しさも恥ずかしさも飲み込んで顔に出さないようにしているけど。
貴方と隣で過ごせる時間は何よりも幸福なのだから。