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一行は部屋の前に立ち尽くしていた。正しくは、奏のみが呆然としていた。

「なにこれ」
「お前さんの為に用意した特別仕様の部屋じゃねェか」

何もそこまでしてくれなくても良かったと思ったが、もうどうしようもない。奏は通って来た部屋達の入り口とは明らかに違うその入り口を隅々まで眺めた。

ここまでの道のりにあったのは障子戸だけだったが、目の前にあるのは、下から上へと色を淡くするピンクのグラデーションの襖だ。花や小鳥が描かれており、引手は嫌でも目を引く燦然と輝く金で、花の形をしている。

「これが鍵な」

そう言った松平が花の中にある鍵穴に鍵をさして回すと、ガチャッと上の開く音がした。

「おおー」
「なんでィこの部屋、クーラーなんてずりィや」

真っ先に反応したのは近藤と沖田だった。近藤はいいないいなーとなぜか自分が嬉しそうだ。ぞろぞろと部屋に入る。

中は十畳ほどの広さの部屋だった。襖を開けた正面に障子窓。その下に座卓。その上方には、この部屋に似つかわしくないエアコン。左手には、手前側には押入れがあり、中には布団と組み立て式の炬燵。
窓側には床の間。そこにはなぜか大きなテレビがテレビ台ごとすっぽりとはまっている。テレビ台の中には何やらスピーカーが収まっている。右奥の角には鏡台、そこから襖までの壁には、腰程の背の桐箪笥が四つ並んで鎮座している。箪笥は着物用のもの、隊服をかけられる観音開きのもの、そして普通の引き出しのものが二つだ。金の装飾品で飾られ、またも金の取っ手には桜が散っている。

「床の間になんてもん置いてんだ…」
「いやァ、おさまり良いからさァ」

初めて言葉を発した土方の言葉は随分と呆れが滲んでいたが、松平は自慢げに返事をした。

「そのテレビ新型で、今人気の薄型だってお姉ちゃんが言うからさァ。そしたらぴったりでねェ」
「新参者にこんな部屋とはな」
「トシ、奏は女だぜェ?優しくしねーといけないんだよ」
「その女をここに置こうなんてこと自体間違ってんだよ」
「おい、トシ」

松平と土方の一触即発の雰囲気に、近藤が間に割って入る。奏は申し訳なくなるが、土方の態度には頭に来るものもある。

「フン」

土方は気に入らなそうな目のまま部屋を出て、縁側廊下に座って煙草に火をつけた。

「ったく、あいつは頭固ェな。奏ちゃん、気にすんなよ。あ、そうそう。あのスピーカーな、なんか事件とかあった時放送されっから。それとこれ鍵な」

奏は渡された鍵を受取り、なくさないようにポケットにしまう。

「スペア誰かに持たせとけ。何かあった時のためにな。奏もそれでいいだろ?」

無くした時のことを考え、奏も頷く。近藤がスペアキーを受取ると、沖田が手を挙げた。

「俺と土方さんでいいんじゃねーんですかィ」
「ん?そうか?」
「この部屋の空き部屋一つ隣は、俺と土方さんの部屋ですぜ」

なんでもなさそうにそう言った沖田に、松平と近藤もそうだなと頷き、沖田と土方の手にスペアキーが渡った。が、その瞬間に沖田は奏をちらりと見やり、目があったことを確認すると口の端を持ち上げた。

――こ、こわい!なにあの人…!

ぞわりとした背筋に沖田から目をそらす。あんなに危険を感じる人物にスペアキーが渡ったたことに危機感を覚える。

「奥の隣の隣が総悟の部屋で、手前の隣の隣がトシの部屋だから。俺の部屋はもう覚えた?」
「はい、局長室ですよね」
「うん。何かあったら、どこでもいいから行ってね」
「はい」

なぜ土方と沖田の部屋の間が三つも開いていたのかは気になったが、どちらともあまり関わり合いたくないと奏は開きかけた口を閉じた。







「がらっがら…」

一行は奏を一人残して部屋を去った。奏は小さな手荷物を早速タンスに仕舞ったが、四つの内二つ使っただけで終わってしまった。しかもその二つの中はまだまだ余裕がある。

――嬉しいけど、なんか気まずい…

特別扱いというだけで目立ってしまうのに、男だけのここだと余計に浮いてしまう。しかも、土方のように奏を良く思わない人間にとっては、余計それを増幅させる気がした。
だからと言って今更この部屋を使わないわけにもいかないと諦めることにし、空気を入れ替えようと障子窓を開ける。

「オイ」
「え、あ…」

急に投げかけられた声に振り返ると、開けっ放しの襖の前に土方が仁王立ちしていた。その瞳孔は開いていて、奏は思わず目を逸らした。

「俺はお前のことを信用しちゃいねェからな。お前がどんな手使ってあのおっさんに付け込んだのか知らねェけどな、何かおかしなこと一つでもしてみろ、そんなの関係なく叩き切ってやらァ」
「……」
「後調べさせてもらったんだがな、お前何者だ」
「何者って、言われても…。芹沢奏です…」
「芹沢奏なァ。そんな名前、どんだけ探しても戸籍にねーんだよ」
「っ!」

核心をついた土方に、奏は言葉を詰まらせた。松平と奏の関係や、奏と桂の関係について何一つ納得のいっていない土方は、奏に探りを入れていたのだ。そして出てきたボロがこれだ。

――どうしよう…
「オーイ、奏ちゃーん。忘れてた、戸籍作ってきたぜー…ってアレ?なに?どうしたのよ?」
「…戸籍作ったってどういうことだ」
「アー、いやいや、こっちにもいろいろとあンだよ、細かいことは気にすんな」

ぎゅっと眉間に皺を作った適当に土方をあしらい、松平が奏に一枚の紙を手渡した。紙には奏の情報が簡潔に記されていた。名前、住所、そして奏の年齢に合わせて作られた、嘘の生年。

「住所は俺の家にしといたからな」

ぽつりと呟かれた言葉に、奏は部屋を出ていく松平に深々とお辞儀をした。



13.存在の証明



12/07/18



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