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その日は初雪だった。例年よりもずいぶん早いそれに、桂小太郎はつい足を止めて天を仰いだ。

「見ろ、エリザベス。雪だ」

そう呼ばれた白い生物も、桂にならって空を見上げた。晴れた空からちらちらと降る白に、二人の間に言葉はなかった。
ふとエリザベスの視界に何かが映り、そちらを見やる。それに気づいた桂も同じ方を見る。

【桂さん、人が】
「落ちてきているな」

どこからか取り出したプラカードで意思表示をしたエリザベスに、淡々と答える桂。二人の視線の先には、屋根を転がり落ちて来る女の姿。一瞬一瞬見える瞼は閉じられているようで、声もしない。意識はないようだ。

「受け止める」
【はい】

二人が女が落ちてくるであろう場所に素早く移動した瞬間、女の体が屋根から放り出された。その時、女、芹沢奏はぱちりと目を開けた。

「ん、え?ひっ」

宙に浮く体。とっさに本能が働いたのか、奏は衝撃に備えて身を縮めた。すぐに感じる衝撃は、想像していたものと違って痛みはない。

「大丈夫か」
「えっ…あっすいません!ありがとうございます!」

そろそろと目を開いた奏の目に映るのは、間近にある桂の整った顔だった。その距離に緊張しながら、中途半端な格好のまま頭を下げる。桂はしっかりと奏を抱き留めていて、エリザベスが【さすがです】とプラカードを掲げた。

「うむ、無事で何よりだ」
「は、はい、すいません……あの、」
「む」
「降ろしてもらって構いませんが…」
「ああ、そう――」
「あっれェ?見付けちゃったよォ」

だな、という声は、間の抜けた声にかき消された。

声の方を見ると、黒塗りの車とパトカーが通りの真ん中に乱雑に停車していた。黒塗りの車から身を乗り出した男が、にたりと口元を歪めている。サングラスに髭面の、人相の悪い男だ。知り合いだろうかと、奏が近すぎる桂の顔を見る。

「しまった、逃げている途中だったのだ」
「え?っ!」

逃げている。不穏な言葉が聞こえた瞬間、桂は奏を抱え直すと屋根の上へと飛び乗った。

「うわっ、あの、ちょっと!」

見下ろした先には、サングラスの男に加え、制服に身を包んだ複数の男達。ただ事ではなさそうな雰囲気に背筋がひやりとした。

「聞いてます!?」
「舌を噛む、少し耐えてくれ」

奏は問い詰めようとするが、目を細めて前を見据えた桂とその雰囲気に何も言えなくなる。

パァン

そして、聞こえた銃声にも。



01.雪の日



【上手く撒けましたね】
「ああ、あんな者に捕まってたまるか。すまないな、奏殿。お主を巻き込んでしまった」
「何に、ですかね…」
「いや俺にも謝れよ!いきなり土足で窓からって非常識すぎるだろーがァアア!どーすんのこれ、誰が床拭くの!?っていうか誰だよ!!」

窓から侵入した一行は、ソファに身を寄せて座っていた。その向かいで、銀色の髪が楽しそうに踊っている男、坂田銀時が、心底楽しくなさそうに桂に吠えた。

「彼女は奏殿というのだ」
「そういうこと言ってんじゃ…だああもういいわ、なんの用だよ。テメェが来るとロクなことがねェんだよ」
「うむ、実は銀時に渡したいものがあってな」

桂が言うと、坂田はさっきよりももっと渋い顔をした。

「なんだよ、いらねーよ。なんか嫌な予感しかしねェから」
「そう言うな。ああ、その前に奏」
「はい…」
「もう大丈夫だ。もしあの男に会っても、きちんと説明すれば大丈夫な筈だ」

そう言われても、全く大丈夫な気がしなかった。先程のサングラスの男は桂に向けて発砲し、それが当たり前だと桂の様子からも見て伺えた。とんでもない人物と関わってしまった筈だ。行けと言っているのかもしれないが、そんな不安の中で腰を上げる勇気は無かった。

「さっきの人って、誰なんですか?パトカーに乗ってましたよね」
「ああ、あいつは警察庁長官でな。俺の宿敵でもある」
「警察…。……!?」

奏の表情がぴしりと固まった。

――ってことは、
「はんざい、しゃ?」


ポロリと落ちた言葉にハッとする。もしそうならば刺激してしまうと。だが桂は大真面目な顔で「犯罪者ではない、桂だ」と言った。

――そういうこと言ってるんじゃないんだけど
「犯罪者だよ、オメー不法侵入者じゃねーか」
「不法侵入者ではない、桂だ。ただ友人の家に遊びに来ただけではないか、冷たい奴だな」
「残念ながらお前とは友達じゃねェ」

ああだこうだと言い合う二人と、我関せずとお茶をすするエリザベスを、なんだか遠いところから見ているような気分になる。

――全然分かんない、なんなの?まずエリザベスってなんなの…?
【なにか?】

奏の視線に気づいエリザベスが、プラカードをさっと出した。

「い、いえ、なにも…」



12/06/25



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