高たんビーム、縁結び


これの続きです。

アオイさん、もとい、葵さんとのメッセージのやり取りはぽつぽつと続いている。
彼はマメなひとだけれど、彼女でもない女からの高頻度の連絡は引かれる可能性が高い、と思い、返信が来ても我慢してなるべく即レスしないようにしている。本当は即レスしたい。
恋って大変だ。

「ナマエ、来週だっけ?京都の高校生と会うの」
「高校生じゃなくって高専生ね」

友人と大学のカフェテラスで昼食をとり、たぷたぷと葵さんに返信をする。
友人は「知らんけど」と少し呆れた様子で自分のカフェラテを飲んだ。
高専生というのは、メッセージのやり取りの中で知ったことだ。なんでも、私立の宗教系の専門学校でお勉強をしているらしい。

「で、その葵くんとはどこに行くの?」
「え、まだ決めてないけど…」

友人には、口から出まかせで京都に行く予定がある、なんて言って葵くんと予定を取り付けたことを話していた。
彼女は高校からの付き合いで、私の高田ちゃんファン活動も冷ややかながら肯定的に聞いてくれる良き友人だ。

「まさかあんたの好みのタイプにぴったり合う男がいるなんてねぇ」
「ばっちりぴったり。SNSで見てた時から興味はあったんだけど、実際見てびっくりしたぁ」

私の好みは「背が高くて和太鼓の似合うかっこいいひと」である。
これは男女ともに適応される条件で、女の子は恋愛対象じゃなくって憧れって意味なんだけど、高田ちゃんにもぜひ和太鼓を演奏してほしいと常々思っている。

「その葵くんは和太鼓やってるの?」
「や、知らないけど」

だろうね、と友人が笑った。
実際和太鼓が演奏できるか否かは対して重要なことじゃない。似合うかどうかが重要なんだ。


来たる京都旅行当日、私はソワソワしながら京都駅の待ち合わせ場所に立っていた。
うっ、緊張する…。
待ち合わせまであと20分、さっき化粧室でメイクは直した。高たんの現場並みの気合の入れ方だ。この日のためにリップも新調したし、毎日動画見ながらメイクの練習もした。
はぁ、葵さん、どんな服装で来るんだろう。この前は待ち合わせの目印って意味もあるし高田ちゃんの握手会だしでバイベのパーカーだった。でもあんなに背が高くて体格もいいんだから、どんな恰好しても似合う気がする。

「ナマエさん、早いな」
「ひゃっ…!」

そんなことを考えていたら、後ろから声をかけられて変な声が出てしまった。ばっと口を手で塞ぎ振り返ると、サルエルパンツにワンポイントの入ったTシャツ姿の葵さんが立っていた。
ほら!やっぱりこんなシンプルな恰好でも決まる!

「ホテルに荷物は預けたのか?」
「あ、ハイ。京都駅の近くに取ったので着いてすぐ寄ってきました」
「じゃあ問題ないな、行くか」

葵さんの後ろについて歩く。
ぶっちゃけ京都観光なんて中学校の修学旅行ぶりだ。

「今日は八坂神社に行きたいと聞いていたが…他にはなにかあるか?」
「えっと、烏丸通?にお香のお店があるってネットで見て、そこにも行ってみたいって思ってるんだけど…」

私はスマホでブックマークしたお店の情報を表示し、葵さんに「ここです」と言って差し出す。
葵さんはふむふむと画面を見た後、すぐに「ああ、ここか」と言ったので、どうやら知っているお店らしい。

「知ってるとこでした?」
「高専の後輩がよくそこを利用するらしい。何度か名前を聞いたことがある」

高専の後輩さん。お香のお店ってことは、女の子かな。女の子だろうな。
京女…きっと長い黒髪ではんなりとした空気感を持ってて、京都弁で「よろしおすなぁ」とか言うんだ。特技は多分お裁縫。
お察しの通り、私の京女に関するイメージは貧困である。

「ナマエさん、こっちだ」
「あっ!はい!」

私は葵さんの声に引き戻され、慌ててその背中を追った。


まず訪れたのは八坂神社。ここは厄除けと縁結びの神様が祀られているらしい。
京阪本線という路線の電車に乗って祇園四条駅という駅で下車した。7番出口から地上に出ると、東の突き当りにどーんと神社の敷地が見える。
修学旅行の時は八坂神社の前をバスで通過しただけで参拝はしていないので、今日が初めての参拝だ。
観光客で溢れかえる四条通を東に向かって歩く。葵さんの風貌のせいか、人が若干避けて通っていくように感じなくもない。
五分程度で八坂神社の西側の入口、西楼門に到着する。階段を上って進み、綺麗な朱塗りの門をくぐる。

「なんで八坂神社だったんだ?」
「えっ…とぉ…テレビ!テレビでこの前見たの!」

そういえば、と口火を切った葵さんに、私は慌ててそれっぽいことを返して誤魔化した。
だって八坂神社、縁結びの神様って聞いたんだもん…。葵さんと一緒に来て、神様のご機嫌取って赤い糸でもなんでもきゅっと結んじゃってください、とお願いするつもりなのだ。
縁結びの神様が赤い糸で結んでくれるのかは知らないけど。

「葵さんはよく来るんですか?」
「高専の関係で何回か来たことはあるが…プライベートではないな」
「そうなんだ」

そうじゃん。普通に誘っちゃったけど、葵さん、宗教関係の私立ってことは神社とか来ても大丈夫なのかな。なんかほら、宗派?とか。無宗教の感覚で誘っちゃってた。

「あの、今更なんですけど葵さんって神社とか来て大丈夫ですか?」
「何故だ?」
「学校、宗教関係だったのうっかり忘れてて。あの、宗派?とかそういうので…」

ろくになんの知識もないから、宗派と尋ねるのが正しいのかもイマイチわからない。
教養のない女だと思われてしまうだろうか。ああ、こんなことならちゃんと事前にいろいろチェックしておけばよかった。

「ああ、それなら問題ない。宗教系と言っても特定の何かを信仰しているわけじゃないんだ」
「あ、そうなんですね。良かった」

葵さんの返答を聞いてホッと胸を撫でおろす。よかったよかった。無理強いしてしまっていたならどうしようかと考えていたところだ。
でも、無宗教の宗教系の学校って何の勉強するんだろう。民俗学とか文化人類学とか、そういうのに近いんだろうか。
そんなことを考えながら道なりに歩き、しばらくで左手に本殿が見えてきた。あれ?

「結婚式、ですかね」
「そのようだな」

丁度、本殿の手前の舞台みたいな建物の屋根の下、紋付き袴と白無垢の新郎新婦が結婚式を挙げていた。この建物は舞殿というものらしいということは後から知った。
はぁ、素敵だなぁ。ウェディングドレスを着てチャペルで結婚式がしたいとずっと夢見てきたけれど、いざ神前式を目の前にするとこういうのもいいなと思ってしまう。
葵さん、紋付き袴似合いそう。
勝手にそんなことを想像してちらりと視線をあげると、葵さんと目が合ってしまった。

「どうかしたか?」
「あ!いえ!なんでもないです!」

私はばっと視線を逸らして、結婚式の行われている方へ顔を向ける。
ああ、気まずい、と思っていたら葵さんが「ナマエさんは」と口を開いた。

「和装が似合いそうだな」
「へ?」

え、え、どういう意味!?このタイミングで?
予想だにしないセリフに私は馬鹿みたいな声を返すことしか出来なかった。
結婚式見て白無垢が似合うって思ってくれたってこと?それってしまり…そういうこと?
いやいやいや、だってつい最近までただのSNSの相互フォロワーなだけの関係だったんだよ?メッセージのやり取りはしてるって言ったって会うのなんかまだ二回目なのにそんな早いって!いやいや!うふふ。

「ナマエさん、参拝しないのか」
「おわっ!え、あ、すみません!!」

ダメだ。いつの間にか楽しい楽しい夢の世界に旅立ってしまっていた。
なんか今日は「え」とか「あ」とかそんなことばっかり言ってる気がする。
私と葵さんは結婚式の行われている舞台の隣を通り、本殿へと参拝した。


次に目指す先はお香屋さんだ。
また祇園四条の駅に戻り一度乗り換えて烏丸御池という駅で下車した。
一番出口を出て、出た方向からくるっと体を反対側に向け、大通りに向かって歩く。東西に伸びるのが御池通、交差して南北伸びるのを烏丸通と言うらしい。

「結構ビル多いんですね。あんまり京都っぽくない気がします」
「このあたりはな。一本奥の道に入ればわりとそれらしい建物ばかりだぞ」

そうなのか。
テレビとか雑誌とかで見る京都とちょっとイメージが違う。そりゃあこういう風景だって見たことはあるはずだけど、記憶に残っていないのか新鮮に感じた。
御池通も烏丸通も車がたくさん走っていて交通量が多い。
駅名とおんなじ烏丸御池という名前の交差点を右に折れ、烏丸通を北上する。二つほど区画を通り抜け、漢方薬局屋さんを通り過ぎたあたりに、そのお店は姿をあらわした。

「む。真依か」

お店の方から女の子がひとり歩いてくる。スタイルの良い黒髪のショートヘアの女の子だった。
葵さんは顔見知りなのか、女の子の名前を呼んだ。

「げっ…なんでこんなところにいるのよ」

女の子は手に私たちが目的にしているお香屋さんの袋を持っていて、ああ多分この子が「高専の後輩」なんだろうなと想像する。

「休みの日になんで顔合わせなきゃなんないの…」
「オマエの予定は知らん。俺たちもこの店に用事だ」
「俺、たち?」

女の子…真依さんは葵さんを見た後、隣で所在なく立っている私にじっと視線を向けた。
うっわ、めっちゃ綺麗。モデルみたい。顔ちっちゃい。肌白い。

「東堂先輩、まさかデート?」
「観光案内だ」
「ふぅん」

真依さんはそう言って、ぐっと私のことを観察した。わ、近い、美人ヤバい。
私は思わず両手で自分の顔を覆う。すると、真依さんが不審そうな声音で「何で顔隠すのよ」と言った。

「こ、これ以上美人に見られたら蒸発してしまいそうで…」

しまいそう、というより蒸発する自信がある。
単純に真依さんがあまりに美人なのと、葵さんはこんな美人と一緒の学校なのかということが私の頭を両サイドから交互にガンガン殴っていく。

「あなた、変わってるわね」
「そ、そうですか…?」

ちらりと指の間から真依さんを見ると、口元に手を当ててくすくすと笑っていた。なにがお気に召したかわからないけれど。

「邪魔して悪かったわ。私はもう高専戻るから」

真依さんはそう言って、烏丸通を南下していく。「美人さんでしたね」と言ったら「高専の後輩だ」と帰ってきて、やっぱそうなのかと納得した。
私のタイプは和太鼓が似合いそうなかっこいいひとなのでちょっと違うけれど、綺麗という言葉がぴったり似合う女の子だった。
ああ、葵さんはあんなに綺麗な子と毎日学校で顔を合わせるのかぁ。元々大してあったわけじゃない私の自信なんてものは、ふよふよと空中分解していった。


お香屋さんでいくつか好みの香りのものを購入し、そのあとは二条城へ行ったり鴨川を散策したりした。京都らしい京都だ。
何をするわけでもなく鴨川沿いを歩く。あ、この辺高田ちゃんの散歩番組で来てた場所じゃない?

「葵さん、この辺って高田ちゃんの散歩番組で紹介されてた場所ですよね?」
「ああ、そうだ。あの橋の東から撮影した画角だったな」

やっぱり!
やば、数か月前の高田ちゃんとおんなじ場所歩いてる…。うわ、気づいたらめっちゃどきどきしてきた。

「そこだ」
「え?」

私がロケのVTRを思い出していると、葵さんが突然立ち止まって私の足元を指さした。
なんだろう、ここがどうかしたんだろうか。
…あれ、もしかして…。

「こ、ここまさかあの日のロケで高たんビームしてた場所ですか!?」
「ふっ…そのまさかだ。よく気が付いたな」

や、やばい…高田ちゃんと同じ場所に立ってしまった…。畏れ多いことだ、と私は半歩後ろに下がる。
ありがたやありがたや。本当はこの場で拝み倒したかったけど、人目があるので拝むのは心の中に留めた。

「はぁ、まさか高田ちゃんと同じ場所に立てるなんて思わなかったです…」
「あの日のロケは素晴らしかったな。高田ちゃんの良さが存分に引き立ち、また京都の街並みとの調和が見事だった」
「はい。あの放送は神回でしたね」

葵さんとお出かけだと思って今日は朝から緊張してしまっていたけれど、やっぱり高田ちゃんの話が出来るのが一番嬉しい。
真依さんとの遭遇で勝手に失恋方向で調整をしていたが、別に失恋でいいじゃないか。葵さんは素敵な高田ちゃんファン仲間なんだもん。
いや、出来れば失恋したくはないけどさ。
それからいくつか高田ちゃんの出演した番組の話で盛り上がって、なんとなく調子が戻ってきたとき、葵さんが口火を切った。

「ナマエさんは、どんな男がタイプだ?」

女でもいいぞ。と付け加えられる。
うそ、さっきやっといい感じに調子戻したっていうのにこんなタイミングでこんなことある?
どういう意図があるの。え、匂わせで葵さんだってわかるようなふうに言ったほうがいい?やめとく?匂わせはうざい?どうしよう、どうしよう…!

「えっ…と、背が高くて和太鼓が似合うかっこいいひとがタイプです!」

私は迷いに迷って、結局正直に自分の好みを白状した。
伝わってしまったおずおずと見上げると、葵さんはうんうんと満足げに頷いている。え、これどっち。どっち!?

「それはいい趣味だ。何せ高田ちゃんは和太鼓も似合う女性だからな」
「そうなんです!私高田ちゃんにもいつか和太鼓やってほしいって思ってて…!」

流石葵さん!高田ちゃんには和太鼓が似合うよね!うんうん!!
って、あれ!?違う違う!
思わず全力で同意してしまったけど、そうじゃない!

「ナマエさんとは趣味が合うらしい」

またこうして話せるといいな。と、葵さんが笑った。
精悍な顔のなかの、ふんわりと優しい部分が垣間見える。私はぽうっと見とれてしまって、葵さんが今度は不思議そうな顔をする。

「よ、よろこんで…」

今度会う約束、どうやって取り付けよう。
どきどきする心臓をおさえながら、私はそのことばかりを考えていた。


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