高たんビーム、ご利益アリ


私には推しアイドルがいる。長身アイドル高田ちゃん。最近は握手会の規模も段々と大きくなってきて、テレビへの露出も増えてきている。
高田ちゃんはなんといっても可愛い。そしてスタイルが良い。その上、高たんビームには人をぐにゃぐにゃにしてしまう魔力がある。
私が高田ちゃんを好きになったのは最近のことで、正直初期のグッズはあまり収集ができていない。
製造数も少なくて、今となっては中々の希少価値になっている。

「あ、アオイさん、今回個握東京来るんだ…」

個握とは、個別握手会の略である。
東京や神奈川、大阪、京都エトセトラの主要都市で開催され、このところチケットも取り辛くなってきているのだが、幸いにも私は今回東京会場のチケットを当てることが出来ていた。
そしてアオイさんとは、私のSNSの相互フォロワーさんである。
高田ちゃんの古参のファンで、関西の人なのか、いつもは京都会場の握手会に参加していることが多い。マメな出演情報チェックとコメントを欠かさないファンの鑑だ。
学生だと言っていたけど、遠征もわりとしていて財力どうなってるんだろうと普段から疑問に思っている。

「わ、た、しも、東京、会場、で、すっと…」

会場で会えたらいいなぁなんて思いながら、私はアオイさんの呟きにコメントした。
アオイさんからすぐに「お互い全力を尽くしましょう」と返信が来た。なかなか思うようにはいかない。

「握手会で全力を尽くすって…ふふっ…」

全力を尽くすのは確かなんだけど、まるで何かの試合みたいに言うから思わず笑った。
ふふ、アオイさんってちょっと変わってる。

「アオイさん、どんな人なんだろう」

最初は、物凄い情報量と短く的確な呟きが目に付いて、勝手にフォローするようになった。
そのうちにアオイさんからフォローが返ってきて、ぽつぽつと高たんの話をするようになった。
アオイさんは凄く真摯で真面目で、同じ高たんファンとして知り合っただけの人なのに、私はすっかりアオイさん自身に興味を持つようになっていた。


SNSの相互フォロワー、それ以上でもそれ以下でもない私とアオイさんとの関係が変わったのは、個握東京会場1週間前のことだった。
お風呂上がりに、私は自室のベッドに寝転がりながらスマホをいじっていた。

「うーん、やっぱり高たんの初期グッズは見つかんないなぁー」

私は手持ちのダブったグッズをコツコツ交換に出したりしているのだけど、初期のグッズを譲ってくれる人はなかなかいない。
なんとか集めたいとは思っていても、出品されているものは高額になっていて大学生の私にはハードルが高い。

「あれ、DM?」

SNSをチェックしていると、ポンっとダイレクトメッセージのアイコンバッジがついた。
なんだろう。誰か約束とかしてたっけ。

「えっ!うそ!アオイさん!?」

ダイレクトメッセージをくれたのはアオイさんだった。
うそうそ、なんだろう、いままでDMのやり取りなんてしたことなかったのに。どきどきしながらメッセージを既読にすると、そこには最新のブラインドでコンプ出来ていない缶バッジがあるから、それと初期ブロマイドを交換しないかという提案だった。

「わ!しかも初期のバレンタインチェキだ…!」

アオイさんが画像をつけてくれた交換のブロマイドはファンの間で幻と言われているバレンタインのものだった。
こんな貴重なものをトレードしてくれるなんてアオイさんは神かなにかなのか…。

「い、い、んで、すか…?」
『ナマエさんさえ良ければ』
「ぜ、ひ、お願い、しま、す」

ダイレクトメッセージをやり取りし、交換は来週の握手会のときに手渡しでしようという話でまとまった。
高田ちゃんの握手会ってだけで最高なのに、まさかアオイさんと会えるなんてどうしよう。嬉しすぎてやばい。

「握手会何着ていこう…やばい、ヘアメも予約するべきかな…緊張してきた」

その日はもちろん眠れずに、翌日の一限には見事に遅刻した。


高田ちゃん握手会当日。
東京会場の最寄りの駅がアオイさんとの待ち合わせ場所だった。

「うー、緊張する…」

私はあれから毎日シートマスクをして、動画を見ながらフェイスマッサージを続けた。高田ちゃんの現場がある時は毎回自分磨きに手をかけているけど、今回はより一層手をかけていた。だってアオイさんと会うんだもん。
小さい手鏡で前髪をちょこちょこと直す。時計を見ると、アオイさんと待ち合わせの時間まであと10分ほどと迫っていた。

「ねぇ、ちょっといいかな?」
「はい?」

はっと顔をあげると二人組の男の人たちが立っていて、にこにこ人の良さそうな笑顔で話しかけてきた。

「俺たち道に迷っててさ、ここ行きたいんだけど、道案内してくんない?」

そう言ってスマホを差し出され、私も別に詳しくないんだけど、と思っていたら、スマホを持っていない方の人が私の背後にまわって、あ、違う、とわかったときにはもう遅かった。

「君可愛いね、なに?ひとりなの?」
「えっ、あの…」

ナンパだ。
まさか私なんかに声をかけてくる人がいるなんて想像もしてなかったから反応が遅れてしまった。どうしよう、こういうのどう対応すればいいんだ?

「ま、待ち合わせを…」
「友達?いいじゃん、俺らも二人だしさー、一緒にデートしよーよ」
「こ、困ります!私このあと用事もあるんで…!」

もたもたしているうちに一人が私の肩にぽんと手を乗せてぐっと力を入れてきた。
大きい声出さないと、と思ったそのとき、男の人の手首を掴むようにして、別の男の人の手が伸びてくる。

「おい、お前たち」

はっと声の方を見ると、随分身長の高くてガタイのいい男の人が立っていて、ナンパ男を牽制するように見下ろす。
すごい、本当に大きい。190センチはありそう。

「高田ちゃんの握手会に来ておきながらその所業、恥ずかしくないのか」

彼はそう言って、男の人に対してぎろり睨みをきかせる。
絶対高田ちゃんの握手会に来た人じゃないでしょ!とは後から思ったけど、それより今は恐怖とか焦りとかそういうものが勝って、そんなことは浮かんでこなかった。
ぐんと二人に近寄り、更に無言で圧力をかける。

「は!?高田ちゃんってなんだよ!」
「い、行こうぜ…!」

ナンパ男たちは私の肩から手を離すと、慌てて走って駅とは反対方向へ消えていった。

「あ、あの、ありがとうございます…」
「気にするな、俺が勝手にしたことだ」

私を助けてくれた彼は、そのまま駅の壁に背を預け、じっとスマートフォンを確認する。
見下ろされていなくても威圧感がある。髪をひとまとめにお団子にしていて、顔の左側にある切ったような、それにしては大きい傷が彼の存在感を一層増していた。
すごい、カッコいい。こんな颯爽とナンパから助けてくれることある?どうしよう、話を続けたいけどなんて言えばいいんだろう。
あ、さっき高田ちゃんの握手会に来ておきながらって言ってたけど、この人もファンなんだろうか。

「高田ちゃんの握手会ですか?」
「ああ。だがその前に人を待っててな」
「そうなんですね、私もなんです」

高田ちゃんさすが。こんな一見アイドルに無縁そうな筋骨隆々の男の人までファンにしてしまうとは、高たんビームは偉大である。
自分のスマホがピロンと鳴ったので確認すると、SNSにDMが来ているようで、通知のアイコンバッジが付いていた。

『待ち合わせ場所到着しました。今日は目印にバースデーイベントのパーカーを着ています』
『わかりました。私は目印に前回のファンミーティングのシュシュを手首につけてます』

アオイさんからだ。私は返信で自分の目印を伝えてキョロキョロと周りを見る。
隣の彼ともっと話してみたいところだが、アオイさんを待たせるわけにはいかない。
バースデーイベントから二回ファンミーティングがあったから、あえてそのパーカーを着ている人は少なそうだ。
バイベパーカーの男の人、男の人…。と探していると、隣の彼も同じタイミングでキョロキョロ周りを見渡し始めた。
あれ、もしかして…。

「あの、もしかしてアオイさんですか?」
「む、ナマエさんか?」

うそ!アオイさんこんなにカッコいい人だったの!?
私の心臓はナンパにビビッたときより助けてもらってときめいたときより遥かに高速で脈打つ。

「えっ、あ、あのナマエです!いつも呟き楽しみにしてます!」

私はちょっと早口でそう言って、あと何を言うつもりだったっけ、と頭の中のカンニングペーパーを漁る。
本物のアオイさんを前にして、私のボキャブラリーは全て死んだ。

「そうだ、トレーディングだったな」
「あっ、ハイ!」

アオイさんががさがさと自分のバッグからブロマイドを探してくれて、私も交換用の缶バッジを手元に用意する。
アオイさんは几帳面な性格なのか、手渡しの交換だというのに硬質ケースに入れたままのブロマイドを差し出した。

「わっ!ありがとうございます!高たんバレンタインブロマだ…!私これずっと探してて、でも初期のグッズだから交換も見つからなくて諦めてたんです…!」
「いや、俺もこの間のランダム缶バッジはまだコンプリート出来ていなかったんだ。バレンタインブロマは少しコレクションに余裕があるし、こういうものはなるべく高田ちゃんのファンみなの手に渡るべきだろうと思っていてな」
「アオイさん神なんですか…いい人過ぎる…」

合掌のち五体投地したいところだが、流石に駅前ではやらない。
私は手渡されたバレンタインブロマをしげしげ眺める。やっぱり今よりちょっと幼い感じがして、めちゃくちゃ可愛い。
いや、バレブロはめっちゃ可愛いんだけど、ここで話を途切れさせてどうする。

「あの、アオイさんって京都にお住まいなんですか?」
「ああ、寮制の学校なんだ。それが京都の外れにあってな」
「わ、私実は今度京都に行く予定があるんです…!よかったらその…京都案内してもらえませんか…!」

精一杯私は言い切って、ぎゅっと目を瞑る。
京都に行く予定なんてないし、案内して欲しい京都の観光名所も特に思いつかない。もうしゃにむに、破れかぶれ、当たって砕けろ、そんな気持ちで吐き出した言葉だった。
せっかく憧れのアオイさんに会えたのに、こんなチャンス逃せるわけない!

「ああ、いいぞ。俺の予定が合わせれるようなら案内しよう」
「ほ、ほんとに!?」

私はアオイさんの言葉に弾かれたように目を開け、その随分と高い位置にある顔を見上げる。
アオイさんはきっと私の下心になんて気付いてなくて、それがちょっと、いやだいぶ後ろめたいのだけど、許して欲しい。恋する乙女心というものは打算的で狡猾なものなのだ。

「じゃああの、アオイさんの都合のいい日、教えてください」
「来月の後半あたりだと融通が利くんだがーー」

このあと、高田ちゃんのおかげで憧れの人と会う約束できたんだよって報告しよう。
二巡目は高たんビームをしてもらおう。

「楽しみにしてます!またDMしますね!」

ひととおりの話を終えた私とアオイさんは並んで会場を目指す。その間、高田ちゃんの可愛さについて二人で語り合って興奮醒めやらぬままそれぞれの待機列に並んだ。
アオイさんが「東堂葵」という名前で、しかも私よりひとつ年下だということを知るのは、まだ少し先の話である。


戻る






- ナノ -