外伝「柱間の後悔」
注意)
・本編「回想E」の続きを柱間視点で
・柱間の死因が不明なので都合よく書いてます
・最終的に忍界大戦編「復活の時」に繋がります
***
白く輝いた光の粒は数秒後には消えてしまった。先程まで目の前にいた銀髪の女性、人の形をしながら人ではないチャクラの塊はもう完全にこの世を去った。
頬に落ちてきた彼女の涙も容赦なく降り注ぐ雨に流されて、あんなに熱いと思ったはずなのに今はもう冷たさしか感じない。
それでも、彼女の声と表情はしっかりと柱間の頭に刻み込まれていた。
ーーーこんなのを望んだんじゃない
(ああ、それはオレもだ……)
柱間は彼女の言葉を思い返しながら首を動かし、近くに横たわっている男に視線を送った。動かない胸板と正気の無い顔ーーその亡骸がかつて同じ夢を語った友を殺めたことを突きつけてくるのだった。
里長として、木ノ葉の里を、忍を、次の世を生きる子供達を守るためにそうするしかなかった。覚悟したじゃないか。そう自分に言い聞かせ、柱間は暗い空に視線を戻す。
その体もその心もすっかり冷え切っていた。
*
木ノ葉の里に戻り、柱間は扉間に先の考えを伝えた。
「九体の尾獣を全て封印し、各国に分配する。異論はあるか」
「……いや、ない」
兄の決断に何かと口出しする弟が今回は反対してこなかった。九尾の姿を目の当たりにした扉間は、他にも八体いるというその生物達を危険視していた。当然野放しにはしておけないと。
「残り八体、結託される前に封印するべきだろう。部隊を複数用意し同時に」
「いや、オレ一人で十分だ」
扉間の言葉を遮ると、いつも固い弟の表情が一層強張った。反対意思が沸いたらしい。
だから口出しされる前に、柱間は言いたいことを全て吐いた。
「奴らはオレの木遁に対処できない。既に対抗策があるのに、わざわざ部隊を組んでまでリスクを負う必要はない。木分身で十分封印できる」
一人で十分だと再度念押しすると、扉間はため息をついた。他の者を危険に晒したくない、その気持ちは確かにあるのだろうが、その真意はこれは自分がやるべき事だから手出しするな、だ。
長年頑固な兄の隣に立ってきた経験則からして、この件はこっちが折れるしかない。
扉間は仕方なく口を開く。
「実際に九尾と戦った兄者が言うのならそうなのだろう……兄者に任せる」
「ありがとう、扉間。オレのいない間、里のことはお前に任せる」
「ああ」
そうして柱間は尾獣を封印する旅に出た。二体の木分身と本体と三ルートで強大なチャクラを探し歩く。
(サキ殿、其方が望まない形だろうが、尾獣と人間の共生はオレが叶える。それが平和を望んだ其方にできる、オレの、人間の償いだと思うのだ)
(だからどうか、それが叶った暁にはあの時みたいに笑ってくれ――)
*
初めて会った日、彼女は笑いながら河原の石で珍妙な動物の絵を描いてくれた。この子は照れ屋で、この子は豪快で――そうやって彼女は楽しそうに家族を紹介してくれた。
あの時はあんなに会いたいと胸躍ったというのに、今は確実に封印するという使命感しかない。
各国で対峙した尾獣達の瞳にはそれぞれ憎しみが宿っていた。家族を奪った人間を許す気など毛頭ないようだ。それはそうだ。
なのに彼らは頑なにこちらを攻撃してこなかったのだ。彼女の言っていたとおり、人間を襲うことをしなかった。そうして強大な力を持っていると聞いていた尾獣は呆気なく柱間に捕えられていく。
一月後には一尾以外の尾獣の封印が完了した。一尾はひと足先に砂隠れの里に封印されたようだが、八体の尾獣がいれば、次のステップである五影協定を実現できるだろう。
争いのためじゃない、争いを止めるために尾獣の存在に頼るのだ。柱間はずっと消えない彼女の面影にそう語った。
そして五影協定は柱間が頭を下げ、心から懇願したことで無事に締結されたのだった。
*
均衡が崩れたのは一年後のことだった。力を強くした五大国を脅威に感じた小国が結託して、土の国に戦争を仕掛けてきたのだった。道連れの戦法を取る小国に対し、自里の忍を守るために土影が取った作戦が尾獣の利用だった。
この歪みが第一次忍界大戦の足がかりになった。
まもなく柱間の元に、尾獣が人間を襲った、尾獣が戦いの道具として用いられたという情報が届いた。
その知らせを聞いた時、目の前が真っ黒に染まり、柱間の中で何かが壊れた。
会談後しばらく思い出さなかった彼女の姿をその日を境に毎日のように夢にみる。自分を責めるように、彼女が目の前で泣くのだ。それが嫌でここしばらくあまり寝られていない。
多くの戦を経験し、家族を亡くし、友を手にかけたというのに、柱間は彼女に対する思いだけが未だ消化できずにいたのだった。
*
「兄者、顔色が悪い。事務処理はワシに任せて眠ってくれ」
「……扉間か」
柱間はやつれていた。他の者の前では明るく振る舞っているが、弟である扉間と妻であるうずまきミトの前では通用しなかった。
いつか話してくれるだろうと待ってみたが、柱間は二人に何も話してくれなかった。悩んでいることは明らかなのに、兄の頑固さが嫌な方面に発揮されている。
扉間も我慢の限界だった。というよりも兄の身体に限界が近かったから言うしかなかった。
「何を気にしている。いい加減に話してくれ、兄者。今倒れられては困る」
柱間が手にしていた巻物を奪い去り、それを執務机に叩きつけた。ダンと大きな音がなる。
「ワシでは頼りにならないか」
粗末に扱われた巻物を見つめると、それを握りしめている手が震えていることに気がついた。たった一人の弟をこんなにも心配させているのだと気づいた柱間はようやく口を開いた。
「サキ殿のことだ」
「サキ……彼女が死んだのはもう一年も前だろう。今更何を考える必要があるのだ」
「彼女がずっと泣いてるのだ。こんなのを望んだんじゃないと、絶望してる」
柱間は泣いた。
いつだって自分が殺めた者達は自分に敵意を持って攻め込んできた。けれど彼女にはそれがなかった。ただ平穏を望んでいただけの彼女を最期絶望の淵に落とした己のことを許せないのだと、柱間は啜り泣きながら口にした。
平和を実現出来ればいつか受け入れられると信じていた……だが尾獣が戦争の道具と化してはもうダメだ。
兄はネガティヴな一面を持っていたが、復活も早い性格だった。一年もたった一人の女の死を引きずっているなんて扉間は思いもしなかった。
兄者のせいじゃない、ああする以外人に選択できる道はなかった、いずれにせよ避けられない未来だったと震える肩に手を置いて扉間は崩壊寸前の兄を支えた。
*
ーーあの子達は人間を襲うような事今までしなかった。これからだってしない。分配なんてしたら争いが過激化するだけ!本当に、、戦いとは無縁だった。今まで守ってきたんだ。
彼女の声と顔が忘れられない。
彼女は争いを望まず、慎重に人との将来を考えていた。それを奪い去り、瓦解させたのはマダラだけじゃない、オレも同じだ。
また一つ、また一つと各里で尾獣の暴走が耳に入ってくる。違う道で人と尾獣の共生を叶えるはずが、取り返しのない溝を作ってしまった。
(オレが間違えていた)
(すまない、サキ殿。オレは、人間は其方の家族を傷つけてばかりだ……)
心労が祟ってか、柱間は若くにして亡くなった。生まれながらに再生能力に長けた体をしていたのにも関わらず、その最後はあっけなかった。
*
第四次忍界大戦――
十尾の人柱力となったオビトから尾獣達を引き抜こうという大事な局面で、ナルトは彼女のチャクラを引っ張ることが出来なかった。
弾かれたサキのチャクラを追ったのは穢土転生で復活した初代火影 千手柱間だった。
「初代のおっちゃん!」
「このチャクラはオレが引き抜く」
チャクラを後方へ後方へ引っ張っていく。
(サキ殿、オレの顔なんて二度と見たくないかもしれぬが、それでも其方をそこから救い上げる役目はオレにやらせてくれ)
そうして連合の皆が協力し尾獣達は復活した。記憶の中でずっと泣いていた彼女が解放された尾獣達と笑い合う姿を見て、長年抱えていた気持ちが楽になった気がした。
良かった、ようやく彼女から奪ってしまったものを返すことができそうだと、柱間は密かに微笑んだ。
柱間の後悔(完)
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