最期のわがまま


=カカシの家=

時間が遅くなってきたため、サキ、カカシの順に風呂に入ることになった。
サキが風呂に入ってる間にカカシが夕飯のゴミを片付けておいてくれたので、風呂から上がったサキは髪の毛を乾かす以外に特にすることがなかった。手持ち無沙汰なまま寝室のベッドに座って、前よりも随分伸びた銀髪を弄ってカカシを待っていた。

好きな人の寝室にいるのが何だか落ち着かない。カカシを意識すればするほど胸がざわついていった。

(あー、どうしよう。自分から言った事だけど……心の準備が……)

(でも今日するかな……カカシさんに昔話させちゃったし、そんな気分じゃないかも)

サキの緊張を加速させるように、扉の向こう側から足音が近づいてくる。
そして寝室の扉が開いてカカシが入ってきた。

「髪の毛乾かした?」

上下はスラックス姿、頭にタオルを被せた風呂上がり姿が何だか色っぽい。ただ相変わらずマスクはちゃっかりしていて、その徹底ぶりには思わず強張っていた口元が緩んだ。

「乾かしました。タオルありがとうございます」
「何か飲む?」
「えっと、じゃあ水を」
「了解」

使ったタオルは回収され、洗濯カゴの中に二人分のタオルが投げ入れられた。そしてカカシは段ボール箱から水ボトルを一本取ってきてサキに手渡した。

「そういえばサキの家はいつ頃完成予定?」
「え、あー……っと、そのうち」

妙な間にカカシの眉が下がる。

「もしかして入居申請出してないの?」

カカシの射抜くような視線にぎくりと肩が上がる。
サキは未だ申請を出しておらず、仮設テント生活から脱却する見通しが立っていない。
カカシも親のいる同期らも既に家があって、ズボラなナルトでさえも申請書を出していたにも関わらずだ。

カカシの顰めっ面に観念して、サキは黙って首を縦に振った。

「明日出してきなさい」
「でも戦争に向けてすぐ移管されると思うし、今はテント暮らしのままで十分です」

それにサキは戦争に勝って十尾の外殻を取り戻した暁には、魔像をその身に封印し完全な尾獣になるつもりでいた。尾獣になれば恐らく木ノ葉の里に定住することもなくなるだろう。だから新しく家を建ててもらう必要もないだろうと、申請書を出すに至らなかった。

「……じゃあその間はこの家に住む?」
「え!?いや、そういう意味で言ったんじゃなくて!」

カカシの予想外の切り返しに素っ頓狂な声を上げた。この家に住みたいなんて要求した覚えはない。今日はあくまで一晩……そのためのお泊まりのつもりだったのに。慌てて弁解の言葉を並べていくが、カカシはまるで聞いていない。

「ダメ。サキはここに住む」
「カカシさん、そんなキャラでしたっけ……強引な」
「ハァ……」

カカシはため息をついて、サキの持っていたボトルを取り上げてぽいと後ろに投げた。
サキがそれを目で追っている隙に、カカシはサキの身体をベッドに寝転がせてその隣に自分も寝そべった。大きくないベッドでは否が応でも体が触れ合ってしまう。

体勢を整えるために横を向いてカカシを見ると、数十センチほどしか隙間のない状態で驚く。
そしてカカシの黒い右目が悲しそうに揺らぐのを見て息が詰まるのだった。

「サキって目を離すとすぐ何処かいっちゃうから」

カカシの左腕がサキの腰を抱き寄せ、足が絡められた。外でしたハグとは密着度が全く違う。
顔がぐいと近づいて、このままキスに繋げられたらどれだけ良かったか――


「ここにいて……これからも、ずっと」


好きな人にこんな言葉を言われたら普通は嬉しいのだろう。だがサキは血の気が引く思いがした。
サキとカカシは"将来"について全く違う考えを持っていたのだから――



サキは今回が最初で最後の自分の恋愛経験になるのだと決め込んでいたのだ。この先なんて考えてなかった。望みもしなかった。

だからカカシの願いをすぐに肯定できない。

ここまで関係性を進めたのは自分なのに、サキの心中は後ろめたい気持ちでいっぱいになっていく。


(最期のわがままくらいって、カカシさんの好意に付け入って……カカシさんの気持ちは全然考えてなかった)

(私……最低だ)


サキは何とか震える唇を開いた。

出てくるのは謝罪の言葉。そんなのカカシが欲しい言葉じゃないのは分かってるけれど、そう言うしかなかった。

「ごめん、なさい…………私戦争が終わって外道魔像を取り戻せたら、完全な尾獣に戻ります。きっと木ノ葉には戻ってこないと思います。だからカカシさんの望むように、ずっとここにいるって約束できない…」

「人でいる間に……恋愛をしてみたかった。子供の頃から憧れてて、好きになってもらうならカカシさんが良かった。だからマスク越しにキスしてくれた時、今しかないって強引に関係を進めました……」

「私自分のことしか考えてなくて、カカシさんの気持ち考えてなかった……ごめんなさい」


サキが目を伏せると、カカシは「そうだと思った」と呟いた。けれど決して腕を離すことはなかった。

「尾獣に戻ったら俺のこと振るつもりだった?」
「違っ、、だって尾獣になったら、もう人じゃなくなって同じ時間で生きれない。振るとかそういうのじゃなくて……人間じゃない恋人なんて嫌でしょう」

サキはカカシと自分の隙間に手を入れてカカシの胸板を押した。
カカシは今まで父親、恩師、友人を失ってきた。詳細を聞いたのは今日が初めてだが、サキは意図せずにまた大切なものを失う苦痛を与えようとしていた。

今更遅いが、一夜を超える前に離れてしまった方がまだ傷は浅い。けれどカカシはサキを逃す気はなくて、カカシの腕に一層力が入る。

「逃げないで」
「カカシさんをこれ以上傷つけたくない」
「俺もサキを傷つけたいんじゃない。困らせる事は分かってたけど、今言わないとサキは木ノ葉に戻ってこない、手遅れになると思った。サキの考えを解った上で言うんだから、俺も相当わがままでしょ」

サキは首を横に振った。カカシの気持ちは当たり前のものだ。普通は好きな人と一緒にいたいと願うものだから。そんなのわがままなんて言わない。そこに考えが及ばなかったのはサキの過失だ。

「色々言ったけど……サキが俺のところに戻ってきてくれる可能性を少しでも上げたかっただけなんだ。サキの気持ちも分かるから絶対叶うなんて思ってない」

(優しすぎるよ、カカシさん……)


昔はあんなに嫌われたのに、いつからこんなに汲み取ってくれる様になったんだろうか。


「でもね、俺は尾獣と人が共生できる未来を信じてるよ」


カカシから発せられた言葉に、サキの頭は思い切り殴られた様な衝撃を受けた。尾獣と人の共生を望みながら、その線引きに囚われてるのはサキの方なのかもしれない。
そうしてカカシから離れようとする手の力も抜けていく。


「俺は今も、これからもサキと一緒にいたい。サキが好きだから……約束しなくていいから、サキの今の想いだけ聞かせてよ」
「……カカシさんが好きです。大好きです」
「ありがとう。せめて戦争が始まるまではこのまま恋人でいて?」
「……うん」
「それからの事は戦争に勝ったら考えよう。だから今は、俺をサキの一番にして」


カカシはマスクに手をかけた。
端正な口許が初めて露わになり、そっと確かめるように唇が重なった。


***

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