腹の中


薄暗い灰色の空間、マダラはそこで意識を取り戻した。

髪も黒く、肌も薄橙色で赤い甲冑を纏った自分の姿を見て、手にした力を全て失ったことが分かった。
この空間に来る前に黒ゼツに心臓を貫かれたことは覚えていた。その後の記憶が非常に曖昧で――

サキがいた記憶が薄らとある。どうなったんだ、と独り言のように呟いた。
すると、後ろから聞き馴染んだ女の声がした。

「ここはマダラの精神空間だよ」
「サキ……」
「お互い悪運が強いね。一か八かだったけど、あの膨大なチャクラからマダラのチャクラを見つけて、接触できたからここに入れたんだよ」

サキは大業でも成し遂げたかのように誇らしげに笑った。確かに耐えられない程のチャクラが己の体に入り込んできた時、サキの声が聞こえた気がした。
自分の名前を呼ぶ声を――

『こんな奴に出し抜かれないでよ!あなたは忍界最強の"うちはマダラ"なんでしょ!!』

マダラは全てを思い出した。

「本体はどうなった?」
「マダラの身体なら大筒木カグヤ復活の媒介にされた。流石にアレは止められなかったから」
「……お前、アレが出てくることを知っていたのか」
「カグヤの存在は十尾に放り込まれている間に六道仙人に教えてもらった。だから可能性の一つとして頭に入れてた」

マダラはサキを睨んだ。先程まで泣いていた女が今は自分より落ち着いて話している状況に。それに全てを手中に収めた瞬間に、全てを掻っ攫われたことが不愉快極まりなかった。

サキはマダラとは反対に力の抜けた顔で笑って床に座り込んだ。

「こんな所まで来て戦いなんてしたくない。私じゃマダラに勝てないのは分かってるし……話そうよ、全部。ここなら誰も邪魔しない」

「腹の中見せてよ。私も全部話すから」

床を叩いて座れと言ってくる様は、前世のサキとまるで一緒だった。マダラは渋々その場に座る。

そして、サキはマダラに正しい歴史と無限月読の裏にあった大筒木カグヤの真の目的を伝えた。

「……ならオレは大筒木カグヤ復活のために黒ゼツに踊らされていただけか」
「うん」

石碑を書き換え、誤った情報を流したのは全て黒ゼツであり、大筒木カグヤだ。そこにマダラの落ち度はない。けれど――

「マダラのせいじゃないとか庇うようなこと言わないよ。黒ゼツが裏にいようと、選択してきたのはマダラだから」
「そんな言葉は必要ない」

マダラはうんざりした顔でサキに伝えた。
そもそも慰めなんてもの嫌いだよな、とサキはそれ以上カグヤや黒ゼツの話をしないよう話題を切り替えた。

「あのさ、無限月読を実行したのはあの世界を私に見せたかったからって言ってたけど、あれは本心?」
「……そうだ」

最初に聞いた時は、負の感情で煮え繰り返ってしまったが、あれだけ怒った後では一周回って落ち着いて質問できた。

「何で現実を諦めて夢の世界を選んだのか聞いてもいい?」

何となく予想はつくが、それでもマダラの口からきちんと聞いておきたかった。マダラが夢の世界に逃げ出したくなった原因を。

じっと見つめ続けると、マダラは観念したようにポツリ、ポツリと話し始めた。

「初めはオレも思い描いていた……平和な世を。人と尾獣が同じ場所で暮らせる世界をな。だが己の思うようには事は進まなかった」

「イズナは死に、柱間と里を作った後もオレは奴と本当の意味で分かり合う事はできなかった。一族の中にも居場所を失い……平和な世界は現実では成し得ないと、オレは絶望したんだ」

「あの時、オレにはもうお前しか残っていなかった。だが同時に裏切られる可能性も考えた。お前のことも信用できなくなっていた」

「だから先に裏切り、お前達を道具として扱ったんだ」

マダラの言葉がスーっと胸の中に収まっていく。
そして前世のサキが言っていた、マダラを孤独や闇から助けたいという願望の意味がようやく本当に理解できた。

(そうだね。寄り添えなかった私達にも責任はあるな)


(まあ、それにしたって……)

「それで、久しぶりの再会が会話もせずにいきなりの幻術だったわけ……」

あの時すでに道具としてしか見れなかったなら仕方なかったのかもしれないが、せめて一言彼女に弱音を吐いてくれたら良かったのに……彼女ならそれで必ず寄り添ってくれただろうにと、サキはつい愚痴をこぼした。

プライドの高い男、うちはマダラはその発言に煩わしさを感じて言い返した。

「……生き返ったくせにいちいち根に持つな」

ピキ

サキのこめかみに青筋が立った。

「記憶戻ってるんだから根にくらい持つよ!自分が何したか忘れたの!?拷問に、魔像の強奪に、尾獣の誘拐までして!そのくせ拷問中は愛してるとか言ってくるし、マダラのこと心底歪んでると思ったよ!」

一息で怒鳴り散らし、サキは言い過ぎた……とわざとらしくゴホンと音を立てて息を整えた。

サキがこんなに捲し立てるなんて、前世の場合はあり得なかっただろう。マダラの表情からもそれがありありと伝わってきた。サキは念の為にと補足する。

「でもこれは私の意見で、彼女とは違う。彼女は――え、何?」

言葉を続けようとしたら、マダラが物凄く不愉快そうな顔をしていたものだから思わず聞き返した。
するとマダラも段々と本心を曝け出すのに抵抗がなくなってきたのか、

「お前のその"彼女"だの私だのと仕分けるのは何だ。鬱陶しい。お前はずっとお前のままだろう」

と不満をぶつけてきた。

サキは誰のせいで人格が二つになってると思ってんだとも思ったが、喧嘩に発展しそうな気がしてそれは黙ることにした。ここにいれる時間は限られてるから。

そして"彼女"と今のサキは別人格なのだとはっきり、冷静にマダラに伝えた。

「そりゃ大半が一緒なのは否めない。だから前世を知るマダラや尾獣達が昔と同じように接してくるのは仕方がない、というか……生まれ変わりとしてはむしろ嬉しくも感じてるけど、」

だったら同じで良いだろうとマダラは表情だけでそう語ってきた。でもこれは大事な問題なのだ。マダラ相手だからこそ――

「マダラへの気持ちは"彼女"だけのものなんだよ」

前世と全く同じ顔で、サキはマダラにそう言った。
同じ顔だけじゃない。記憶も全て取り戻してるくせに、私は別人だと言ってくる……それがマダラにとっては妙に癇に障った。

だが、確かにマダラの記憶の中にある"サキ"と、今ここにいるサキとのズレは微かに存在している。

"サキ"はあんなに乱暴に怒鳴りつけてきたりしない――

「はあ、分かった。お前と"サキ"は違う。その上で続きを聞いてやる」
「……彼女からマダラへの言葉を預かってる」
「何だ」

サキは仕舞い込んでいた"彼女"の言葉を繰り返した。あの日、真実の滝で"彼女"から預かった大切な気持ち――


『マダラの苦しみを一緒に背負うことができなくてごめんなさい……辛い時隣にいてあげられなくてごめんなさい』

『最期は酷い目にあったけど、私に最初に愛を教えてくれたのはマダラだから……世界中が貴方を憎んでも、やっぱり私は貴方を憎みきれない、、』

『愛してるよ』


サキは蓄音機のように、そのままの口調でマダラに伝えた。そして、マダラはそれを"彼女"の言葉として、しっかりと受け止めたようで。

「とんだお人好しだな。オレに殺されておいて」

そう言って微かに笑った。

戦場で見たどの笑いでもない。
マダラと前世のサキが笑い合っていた、あの時と同じ――

サキはその表情を見て、マダラは本当に"彼女"のことを愛しているのだと実感した。
捻くれて憎しみに塗れた、力のための執着じゃない、ちゃんと誠実な心が根っこには存在していた。

「……よし、私の言いたいことはこれで全部。抱え込んでた愚痴も吐けたしね!」

「今度はマダラの番だよ」

サキはもうマダラを敵として見ていないかった。
自然な笑みを浮かべ、"うちはマダラ"を認めてくれるその目は、前世のサキと何にも変わらない。
悪意を微塵も感じない無垢な笑顔――

(これが見たかった、だけなのかもな……)

マダラは頭に浮かんだ言葉をありのままサキに送った。
もう野心も力も、何も自分には残っていない。全てを失ってようやく伝えられる言葉だった。

「オレの築こうとした世界は失敗した。だから結局、お前のことも"サキ"のことも、、ただ傷つけただけになった」

「……すまなかった」

ようやくマダラの腹の中が見れた、サキはそう思った。そして満足げに笑って、嬉しそうに言葉を返す。

「うん。"彼女"にも謝るって誓えるなら、私は許してあげる」
「……お前も"アイツ"と同じくらいお人好しだな。分かった。誓おう」

ここに来た甲斐があった。サキは右手の拳を握ったがやけに感触がなくて、違和感でその手を上げると半透明に透けていた。

「時間かな……」

膨張するチャクラに突っ込んだ右手のチャクラ分。それが消耗されて形取れなくなっているのだろう。でももう十分話はできた。

「あとは私に任せて。少しの間離れるけど、必ず迎えに来る。待ってて」
「、サキ」
「なに?」
「もう一度笑ってくれないか」
「……ふっ、マダラって意外と可愛いところもあるんだね」

そして体が全て消える前に、自身のチャクラを本体のサキへと流していった。
ここでの記憶を、マダラの気持ちを――


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