月花に謳う



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「でも霜野って言ったっけ、あの一年。アイツも逃げ足速いんだよなァ。全然めげてる様子もないし、荷物も全部移動してるみたいで持ち物もないし」

「そうなんだよねえ。五十里の方はまあいいんだけど、霜野と転校生が目障りなんだよ。生徒会にあんな軽々しく接触してくれちゃってさ」


 五十里冬吾はそこそこの美形だし、スポーツができる上に人柄も温厚なため人気がある。噂でも恋人もいるというのだから生徒会に色目を使うとは考えにくいし、制裁対象にするには少々リスキーだ。

 そもそも制裁などと立派に言い換えてはいるが、言ってしまえば八つ当たりが目的の陰湿ないじめだ。いじめなど自身より弱者でないとできない。むしろ人という生き物は弱者を見つけて自身が上だと優越感に浸ろうとするものだ。計画的に行われる制裁は暴力に訴えることが多く、以前は強姦などもあったという。
 今まで悠璃が受けていたのは個々人からの嫌がらせの範疇から小規模のものであったが、今計画されているのはその個を集め、集団で行われようとしていた。


「大体、あんな転校生が来たから秩序が乱れたんだ」

「対象は転校生と霜野でいいだろ。でも別々にやる必要がある。転校生は生徒会に入り浸ってるし、霜野はなかなか捕まらねえし」


 一人の言葉に他の者も頷く。少しずつ確認を重ね、意思の統一と計画を綿密になるよう作り上げていくのだ。
 彼らが制裁内容について案を出しあっているときだった。空き教室の扉が静かに開いた。普通に戸を開けたというよりは慎重に、こちらを気付かせないようにというよりは大きな音で。そこにいた数名の生徒たちは闖入者を確認するために振り返った。


「こんにちは」


 現れた生徒は無邪気に挨拶を述べた。恐れていた風紀委員の者ではないらしいと知って彼らは緊張を解いた。


「何か用?」


 見上げた少年の学生には明るすぎる蜂蜜色の髪は愛らしい少女めいた顔によく似合っていた。


「そのお話、俺も混ぜてくれませんか」

「はあ?何言ってんの?」


 少年の口元がニィッと歪んで三日月を模る。


「あなた方は親衛隊の過激派ですよね。俺は霜野に制裁をして欲しいんですよ。利害の一致って言えば分かります?」

「……ふうん。それであんたは味方だっていう証拠は?」

「これでどうでしょう?」


 彼がズボンのポケットから取り出したのは一枚のカードだった。生徒証ともなっており、個人IDが組み込まれ、寮の部屋の鍵も兼ねる電子キーだった。


「これ、ちょっと特殊なカードなんです。転校生と霜野は同室ですよね?その部屋の鍵くらいなら開けられますよ、これ。入手経路は黙秘しますけど、まああの転校生なら失くしても気にしなさそうですけどね」

「…そうだね、どこで手に入れたのかは聞かないでおくよ。ふうん、それで?」

「俺の話、聞く気になってくれました?」

「いいだろう、お前の参加を認める」

「そうだね、とりあえず話は聞こう」


 その日、親衛隊ではない少年が会合に参加したことで計画の一部が進行することとなった。




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