月花に謳う



14




 放課後の生徒会室で文人は手元の書類をかざして、分からないよう静かに息を吐き出した。見咎めたらうるさい存在がいるからだ。

 転校生、五月女柚木。以前にも増して高頻度で生徒会室に入り浸るようになった彼は他の役員らと和気藹々と菓子をつまみながら談笑している。役員らは好意を隠しもせず、転校生を構い倒し、転校生は姦しいと感じるような声量で返す。

 ここは幼稚園じゃない。厳格な体制を強いる学園の中枢だというのに。
 重要書類だってある。そもそも学園での企画運営に携さわっている時点で、個人情報を取り扱い、その責任を負うことになる。なにも企画運営だけの責じゃない。
 その自覚がないとは言わせない。
 一度引き受けた生徒会役員の仕事を放棄するなど有り得ない。社会に出てからも同じことになるのを危惧される可能性があるというのに。幸い、この学園の卒業生は優秀な人が多く、社会で多く活躍している。その情報網だって並みじゃない。ここでの失態は密かに彼らのなかに巡っていく。だからこそ、よりカースト制度とそれに応じた振る舞いが必然とされる。

 文人はじっと目前の崩壊した中枢機能の歯車たちを見据える。
 もう取返しのつかない手前まできている。あの人は理由なく責務を果たさないひとに容赦などしない。身に合わぬ権力は不相応以外のなにものでもない。
 この人たちに引き返すだけの力があるだろうか?


「失礼ですが、あなた方は遊んでいる場合ではないのでは?」


 平坦な声で問う。そうしないと侮蔑を含んだ怒りを抑えられそうになかった。


「はあ?何言ってるんだ?柚木と遊ぶ以外に今重要なことなんかねえだろ」
「そうだぞ!友達と仲良くする時間は大切だからな!」
「柚木はいいことを言いますね。さすが僕が認めただけはあります。」
「ん、柚木、良い子」


 ぴくっと米神が痙攣するのが分かった。先から会長の北見統十、件の転校生、副会長の白井恵太、会計の吉田遥、書記の宮野智之の発言だ。


「……もう分かりました、結構です。僕は自分の分の仕事は終わらせました。会長は最終確認印をお願いします。それから以前申請した書類、確認して頂けましたか?」
「ああ、あれだろ。柚木の同室者の。ほら」


 北見から渡された書類に目を通し、間違いがないことを確認する。


「確かに。それでは失礼します。」
「ああ」


 会長職に就くだけあって、能力の高い男だ。他の生徒会役員も最低限の仕事はしている。あくまで最低限のライン前後で、だが。もうその辺りは確認している。今が大きな行事のない時期で良かった。特に学園祭などがあれば学園は機能しなくなっていただろう。
 それに放課後、帰寮してからも役員と転校生は交流しているらしい。
 これだけ転校生に時間を割いて今まで通りでいられるものか。


「テスト結果が見ものですね……」


 生徒会室を出て、ドアで隔てられた向こうに投げかける。
 会長から返された悠璃と柚木の同室解消の申請書類。今少し手続きには時間がかかるが、悠璃をとりあえず転校生とは引き離せるはずだ。


「霜野くんの負担がすこしでも減ればいいのだけど…」


 今度こそ、吐き出した息が大きな溜め息となって廊下に落ちた。




103/106
prev next
back





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -