青虎眼石:甘い、
「翡翠、おいで。」
その声に愛しい存在は鍋をかき回していた手を止め、火を消す。そうしてこちらを向き一度瞬いてから、溶けるように甘い微笑を浮かべた。俺の腕のなかに収まって「なあに、琥珀」というように見上げてくる。その甘えた様子は幼い頃をふと思い起こさせるもすぐに霧散した。
「今日は学校で何もなかった?」
そっと額にくちづける。翡翠は腕のなかでくすぐったそうに笑って身を捩る。
「何もなかったよ」
「本当に?」
翡翠の双眸をじっと覗き込めば照明を浴びて光を取りこんでいた。その色が少しだけ濃くて。影を帯びているのがすぐ分かった。翡翠、俺がそのことに気付かないと思った?
「嘘は駄目だね」
「信じてくれない?」
「翡翠のことは誰よりも知っているよ。嘘を吐いたって分かる……」
「んっ」
抱き込んで逃げられないようにしてくちづける。やわい丹唇を食んで、それから舌を差し入れて口腔の入り口付近を弄ぶ。
「琥珀、もっと。ちょうだい…」
舌足らずな声が俺を呼ぶ。その潤む翠緑に映るのも同じ。
「欲しければ本当のことを言うといいよ」
「…ふっ、」
かぷ、と耳を甘噛みし、左手で首筋をなぞり、右手はするりと衣服の中へ忍びこませる。
翡翠の肢体がふるりと震えた。
「あ、あ…待っ、こはく」
「なあに」
脣で首筋をなぞり、鎖骨を甘噛みする。掌は上半身をゆるやかに愛撫し、もう一方の手は内股のきわどい部分を悪戯に辿る。翡翠の口唇から吐き出される吐息はふるえ、頬は薄紅に染まってゆく。
――それは甘い拷問。
「言うから……ちゃんと、して」
「夕飯は?」
「そんなの、分かってるくせに。それとも琥珀は違うの?」
「違わない」
了解の返答は先ほど強請られた深いキスで。
夕飯のこともう頭になくて。ただただお互いに溺れる、そんな幸福。
ーーこのときの僕たちは事態が急速に進行していることを知らなかった。