be human つづき


be human
-幸福な人形-



episode1 謙也
 アンドロイドは人に恋をするか
episode2 小春
 大きな嘘 小さな秘密
episode3 謙也
 ひかるんことたのむ
episode4 金太郎
 ムビョーソクサイのお守り
epilogue 謙也
 幸福な人形










episode1


 アンドロイドは人に恋をするか。


 答えは否だ。


 20年ほど前に事件があった。人に恋をしたアンドロイドが起こした傷害事件。経緯を知れば起きても致し方がない真実もあったが、しかし、アンドロイドは人を脅かす存在であってはならない。それを契機にアンドロイドから恋情というものは取り去られた。人がアンドロイドを恋い慕うことは稀にあっても、その逆はないはずだ。


 しかし、どうだろう。目の前の光景は。

 謙也は息を飲んだ。





 来診の予定は午後からだった。しかし、この年一番の冷え込みを見せた昨夜、このところ調子の良くないユウジの状態が気がかりだった。窓を開くと、ぴゅうと冷たい風が体を震わせる。虫の知らせだとか、第六感に訴える何かがあったかは確証を得ない。しかしながら、謙也は手早く身支度を整えると、駆け足で家を出た。

 愛用の自転車で、ユウジの自宅の前に乗り付ける。スタンドを立てる時間も惜しく、壁に立てかけると、ドアを叩いた。返答がない。ドアノブに手を掛けると、不用心にもドアが開いた。

「邪魔するで、ユウ、ジ、…!」

 いつか絵本で見た物語を彷彿させる光景。
 眠り姫に口づけをする王子。

 寝台に横たわるユウジに、光はキスをしていた。


 アンドロイドは人に恋をするか。


 答えは否か。


「謙也さん、」
 光に声を掛けられハッとする。
「すんません、いらはったの気付きませんでした」
 光は口元をグイと袖で拭った。
「ユウジさん、さっき亡うなりました」
「えっ」
 ユウジに駆け寄り、脈をとる。停止。瞳孔反射もなし。
「ユウジ…」
 悔しさに、唇を噛む。涙が一筋浮いた。
「静かに逝かはったから、苦しみませんでした」
 それだけが、せめてもの救いだ。


「さっき、何してたんや」
 やっと落ち着いて、謙也が光に話しかける。謙也はすっかり脱力して、椅子に凭れかかった。光は白い布をユウジの顔に掛けてやった。
「死に水、取ったんです」
 死に水と言うのは末期の水だ。本来は死に際の者の唇を潤し、生き返りを願う。
「俺、ボロやから意味は分かっても作法が分からんかったんです。…コップ割ってしもて、そんで代わりに」
 謙也は光の端正な顔を見つめたが、表情は読めなかった。それ以上の意味が、光にはあっただろうか。

「俺なんかで、ユウジさん可哀想やけど」

 光がポツリとこぼした言葉の意味を、謙也は聞かなかった。

 アンドロイドは人に恋をするか。



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episode2



 大きくて小さな嘘がバレてしまった。

 ユウジの亡くなった次の日に、小春はユウジの家を訪れた。ユウジの魂が無事に天国へと辿り着き、安らかに眠れるよう祈るためだ。
 ユウジの遺体が乗せられているベッドの前に立つ。顔に掛けられた布を剥がせば、まるで寝ているかのように綺麗な顔をしていた。寒さが幸いした、と言っていいのだろうか。頬に触れればやはり、冷たい。小春はユウジの髪を撫でつけて整えてやると、祈りの姿勢に入った。





 気まずげに俯いた光に声を掛ける。
「光、終わったで」
「…すんません」
 光は何に対して謝っているのだろう。小春は少しも怒ってはいない。

 遠くにいるというユウジを寂しく思い、無事を願っていた。いつかの再会を。
 しかし、それは叶わず、最悪の再会という形にはなった。
 大きな嘘。小さな秘密。
 誰のための嘘?

 きっと小春のためだろう。

 聞けばきっと、もっとずっと長い間悲しんだ。ユウジは不治の病だったと聞いた。

 ユウジもきっと望んだ嘘。

 それをどうして怒ろうか。

 小春は微笑んで、光の少し背の低い頭を撫でた。ユウジもこのくらいの背だったと懐かしくなる。

 床には、光が毎日祈りに来た証しが、バケツに入っている。毎日一輪ずつ増えていくそれは、すっかり花束になっていた。

「こないええ子に看取ってもろて、よかったなぁユウくん」
 ユウジは答えない。が、きっと笑っただろう。



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episode3



 主人を亡くした哀れなアンドロイドは、死ぬことを夢想していた。記録された膨大なデータを焼き尽くし、体も二度と再生できないように破壊し尽くす。そうして粉々になったら、主人の墓の隣に捨ててもらおうと。
 だがそれは叶わなかった。亡き主人がそれを叶えなかった。





「光は今日からここに住んでもらう」
 謙也に連れて来られたのは、病院に併設された謙也の家だった。その一室に案内され、そう言われた。
「え、どない話で…」
「ユウジの遺言や」
 謙也は一枚の粗末な紙を差し出した。受け取れば、汚い字が書いてある。

『ひかるんことたのむ』

「前々から言われてたんや。それは念押しに、最後の来診のとき渡された」
「何やねん…、ホンマに勝手や…」
 光は紙切れを握ると、そうこぼした。
「それ、光にやるわ」
「…ええんスか?」
「あぁ」
「ほな、頂戴しときます」
 そう言うと光は、大事そうにそれを絵本に挟んだ。
 光の荷物は少ない。分厚い取説書、それから数個の周辺機器と服。後はユウジの形見の絵本や小物。それだけ。
 家主のいなくなった家は処分しなければならず、アンドロイドは所有者と認められない。元々多くはなかったが、家財道具も売り払った。

 謙也は、光がユウジの遺品を丁寧に扱うのを見て、切なくなる。そして、嬉しいとも思う。





「新しく持ち主設定するには、電源落とさなアカンのやったっけ」
「はい」
「電源落とすには、生体認証がいるんやったか」
「…所有者が亡うなった場合には、起動と同じ手順で電源落とせます」
「黒、赤、黄、青、緑、黄、合うとるか?」
 光は耳元のピアスをいじる。
「知ってはったんですか、その通りスわ」
「ユウジが読めへん言うたから、俺が教えたったんや。何遍も言わされた」
 謙也が呆れたように言う。光は笑った。
「ほんなら、頼んます」
 ユウジの今際に決めたことだ。ユウジの願いなら、何でも叶えると。
 光はベッドに腰掛け、目を瞑り、居住まいを正した。謙也は光の前に立つと、徐に手を伸ばす。
「アホ、」
 そう言って光の額を弾いた。光は痛みを感じないが、驚いて謙也を見る。
「持ち主設定っちゅうのは7日以内にやればええんやろ。それに電池が無うなったら電源が落ちることくらい知っとるわ」

 所有者のないアンドロイドは、相続期間として7日間はフリーでいられる。その間に相続や譲渡が行われなければ、行政機関に回収され、引き取り手がいなければ処分される。売りに出されれば商品タグを付けられ、商品として扱われる。アンドロイドは人の所有物、だと言うのに。

「せやから、俺は何もせえへん。光が決めたときに、したらええよ」
 謙也は穏やかに笑い、子どもにするように光の頭をかき混ぜる。光の口はまた故障したように動かない。

「よろしゅう、頼んます」
 ようやく言えたのは、その一言だった。


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