be human つづき


be human
-幸福な人形-





episode4



「やっと完成したんや!」
 金太郎が慌ただしく駆け込んでくる。光のデスクまで来ると、手に持っていたものをドサッと乗せた。
「ちゃあんと千匹作ったんやで」
 鶴の柱は一本毎出来はまちまちだ。しかし金太郎が作ったのだろう柱は、確かに成長が伺えた。ぐしゃぐしゃの紙屑のようだったものが、飛び立つ寸前の鶴のように。
「ユウジにお見舞い。ちゃんと、渡してな」
 鶴の群れを目の前にして、光は言葉が出ない。呆然として見ていれば、金太郎が不思議そうに話し掛ける。
「何や、どないしたんや?光ぅ?」
 腕を掴み、体を揺さぶられる。
「…金ちゃん、あんなぁ、ユウジさんは、っ」
 言葉が続かない。この千羽鶴を受け取るべき光の主人が亡くなったことを、この子どもにどう伝えればいいのか。事実を述べることはいとも簡単だ。しかし、人間ならばもっと上手く言うだろう。

「…そうか、ユウジ死んでしもたんか」
 冷めた声。光はハッと金太郎を見る。普段から想像がつかない程大人びた表情。
「…」
「何で分かった言う顔?」
 金太郎の問いに光は頷く。
「俺のオカンも死んでもうたから、俺は施設におるんやもん」
 肩を竦めて金太郎は言った。誰かの死がもたらす沈黙は、似通っている。金太郎はそれを察知した。
「光、大人やからって泣くん我慢するんは賢くないで」
 俯いた光に、金太郎は慰めるように言った。
「悲しくて泣けるんは、今だけなんや。その内、懐かしくて泣くようになる。過去になってまうんや。そうなる前にいっぱい泣きや」
 光の背中をさすってやる。顔を覗き込むが、その目に涙はない。
「すぐには、泣かれんよな」
 金太郎は小さく笑った。机に置いた千羽鶴を持つと、光の膝に押し付ける。
「光にやるわ。ムビョーソクサイのお守り。大事にしてや」



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epilogue


「黒、赤、黄、青、緑、黄…」
 順番通り、ピアスの形をしたスイッチを押す。一見ではそれがスイッチには見えない。また、気付いたとしても、組み合わせのパターンは幾らでも考えられる。よく考えたものだ。
 全てのピアスが点灯する。後は項に隠れた最後のスイッチを押せば、今は閉じられているその目が開く。





『謙也さんに限って、医者の不養生ちゅうことあらへんですよね』
『絶対ないとは言い切れんが、そない忙しくもあらへんし、大丈夫やと思うけど』
 嫌みのような言葉だが、光にその気はないだろう。光の過去を思う。

『ほな、ええスわ。相続手続きしてください』
 期限まであと2日もある。謙也は、そのぎりぎりまで手続きはしないものと思っていた。
『…ええんか?』
『はい。自分で決めたんで』
 自分の言葉を省みる。謙也は頷いた。
『そんで、お願いがあるんです…』





 ブゥンと小さな起動音。内部で処理が施されているのだろう、時折ピーッと電子音がする。

「ユーザー登録をします。名前を」
「忍足謙也」
「オシタリ ケンヤ。確定しますか」
「します」
 まだ目は閉じたままだ。
「生年月日などは、通常起動後学習をはじめます。次に生体認証に用いる、指紋、虹彩、静脈などの登録を開始します。音声ガイダンスに従って…」
「案外、長丁場やな…」


「以上で生体認証の登録を完了します。自動で再起動をします」
「やっとかいな…」
 謙也がしびれを切らした頃、漸く設定が完了した。また、ブゥンと小さく音がする。これほどの工程を、ユウジがすんなりこなしたとは思えない。四苦八苦している様が思い浮かび、謙也は薄く笑った。
 再起動後、通常使用に設定した、指紋、静脈、声帯の認証を終えると、先ほどまでの機械然とした雰囲気から、元の光に戻ったような気がした。ゆっくりと、その瞼が持ち上がる。

 ポロポロと、目から雫がこぼれた。


 泣いている光は見たことがない。本人が言っていたように、以前はウォーターサーバーに水が入っていなかった。そのため物理的に泣くという行為は不可能だった。
 光が手続きを行う前に、謙也に望んだことはそれだった。今、光の頬を伝うのは何の変哲もない水道水だ。しかし、その目から溢れることによって意味を持つ。
 黙ったまま涙を流す光に、謙也は戸惑った。光は今、どんな言葉を必要としている?

「ははは!」
 不意に光が声を立てて笑う。湧き出るように、涙は跡を絶たない。光は笑いながら泣いている。
ちぐはぐな表情が、まるで人間みたいだ。謙也は思わず見入った。


 あの寒い日から、光の涙腺はずっと開いたままだった。いつまでも水が出ないものだから、制御装置が壊れてしまったのかもしれない。
光は涙の出ないまま、ずっと泣いていた。
 あのときに涙が出ていたら、すぐに唇を潤してやれたのに。
 ユウジを思う。溢れ出てくる、とめどもない。
 やっとユウジのために涙を流せる。
 ユウジのいない悲しみに浸れる。


「謙也さん、俺はユウジさんのおらん世界に、長いことおりたないんです」
「あぁ…」
 ユウジの願いを叶えたら、全て終わりに。
「せやから、俺が壊れるか、アンタが死ぬかしたときには、俺も死なせてください」


 記録された膨大なデータを焼き尽くし、体も二度と再生できないように破壊し尽くす。そうして粉々になったら、あの人の墓の隣に埋めてほしい。



 人間のように生きて、人間のように死にたい。

 人間のように笑い、泣いて、人間のように人間を思い、死を望んだ、幸福な人形。


be human
all end


next be loved
or 安寧の日々



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