「新しい魔具作ったんやけどナマエちゃん実験台になってくれへん?」

眼前の先輩が眉を下げ懇願してきた。「頼めるのキミしか居いひんくてな…。」と困り顔でお願いされるとどうにも断るにはバツが悪く、まあ身体に害が無いものなら協力しても良いかなと軽い気持ちで引き受けた。

本日の師団活動は一人での参加なので必然的に私が引き受けるしか無い。仮にあの三人が居ても入間くんやクララが実験台になるのはアスモデウスくんが許さないだろうし、アスモデウスくんが自ら実験台になるとも思えない。
どちらにせよ私しか居ないよなと不憫に思い安易に引き受けたのは大間違いだった。


『あの…先輩これは…。』
「わぁっ大成功や」


先輩は声を弾ませ手を叩いて喜んだ。いや、成功だろうけどこうなるなんて聞いてない。
身体に目立った異常は無い。手も足も制服だってそのままだ。ただ、何かがおかしい。確かめるように辺りをぐるりと見渡した。

不安定に置かれた瓶や高く積まれた本が今にも崩れてきそうで怖い。乱雑に積み重なる魔具の数々は壮大な山のように見えた。そして目の前で見下ろしてくる先輩は、首を垂直に見上げないと顔も見えないほど背が高くなっていた。
いつもの景色は一変し全てが巨大に見える。うん、私が小さくなってるらしい。


『こんな効果だなんて聞いてないです…!詐欺ですよ詐欺ッ!』
「いやー、普通なものやと面白くないなぁ思って…」
『元気になれる魔具って言ったじゃないですか!』
「普通それで引っかからんやろ。ほんまにおもろいなナマエちゃんは」


講義する私を尻目に先輩は大笑いしそうな口を覆い肩を震わせた。後輩を騙すなんて先輩の風上にも置けない悪魔だ。コポコポと音を立て揺らめいてるフラスコを覗くと、縮んでしまった自身が写り込み、嫌でも実感してしまった。


『わっ!えっ、ちょっと何するんですかっ!』


突如身体が宙に浮かび地面との距離が大きく開く。よそ見していた私を先輩がヒョイと摘み上げていたのだ。そうして、幼い子供が捕まえた虫を入れるようさも当然とばかりに、私を小さい鳥籠に閉じ込めた。ご丁寧に鍵までかけて。


「捕まえた」
『ええ…!?なんでっ!?』
「これも魔具でなぁ。入れるには丁度ええサイズやと思って。」
『後輩いじめて楽しいですか…!冗談が過ぎますよ先輩…。』
「ナマエちゃん警戒心ないなあ。そんなんやったら悪い大人たちに騙されちゃうわ。」
『今まさに騙されたと後悔してます』


恨めしい顔で睨みながら鉄柱を掴み、ガシャガシャ檻を揺らす。開かない。ミニチュアドールサイズの小さい鳥籠なのに簡単には開かないようになっているらしい。魔具だからか。鉄柱の隙間から満足そうな先輩が見えた。


『先輩悪趣味』
「妖精さん捕まえたみたいで僕は嬉しいけどなぁ」
『私は全然嬉しくないです』


彼はびっくりした?ドッキリだよ?とでも言うかのように目の光に楽しそうな表情を浮かべている。先輩、こんな風に笑うんだ。いたずらっぽく笑う彼を見て私はそんな顔もするんだなぁとちょっと感心していた。こういう事をしそうにないタイプだったから、余計に。
ジッと見つめる私に先輩は穏やかな口調で問いかける。


「なあナマエちゃん。もしずっとこのままだったらどうする?」
『この檻壊して先生に元に戻してもらいますよ。』
まだベトランクの私にこの鳥籠が壊せるかは分からないけど。


「そうやな…じゃあ僕が、この檻ごとどこか遠いところに連れて行っちゃって。そこは絶対に逃げられなくて、もう二度とここに帰れなくなっちゃったら?」

例えなのに物騒な事を言うなあ。二度目の投げかけられた質問に私は少し考えて答えた。

『……それでも、諦めないと思います。』


きっとそんな事になったら泣いて喚いて叫ぶだろう。でも、私には帰る場所があるのだから、きっと諦めない。諦めきれない。どんなに閉じ込められたとしても一筋の望みを持って耐えるのだと思う。

先輩は「そっかぁ」と短い返事をし、優しく檻を撫でた。緩やかな静寂の中、夕日の優しい光が彼を照らす。なぜだか嬉しそうに笑っているのがよく見えた。
私は何か返そうとする。だけど声を出そうとした瞬間、身体が異常に熱くなった。


『ーーーなんかッ…!身体が変ッ…』
「あっもうそろそろやったな」


ボフンッと大きな音を立てて私の身体は元の大きさに戻った。よろけて崩れた身体が先輩に支えられる。囚われていた小さな鳥籠は壊れた音と共に地面に落ちていった。


『戻ったあ!』
「やっぱり効き目弱いなぁ。ちょっとしか持たんかったわ。」


先輩が変な質問するからもうこのまま戻れないのかと思った!ああ良かった!そうして喜びに夢中になってる中はたと気がついた。先輩に抱きつく形で支えられている事に。顔が近い。


『うわああッすみませんッ!』
「わっいきなり動いたら危ないで」


先輩は顔色ひとつ変えず、何事も無かったかのように振る舞う。なんだか、最初から最後まで焦っているのが私だけで悔しい。

反射的に赤くなってしまった顔は、横を向いて誤魔化した。下に目線を向けると先程まで囚われていた鳥籠の破片が目についた。私はそれを片付けるため、しゃがんで丁寧に集めていく。


『もうこんな悪戯びっくりするんで辞めてくださいね。』
「はいはい。実験付き合ってくれてありがとなナマエちゃん。」


破片を拾いながらそう言うと後ろから分かってるのか分かってないような声色で返事が聞こえた。
ーーー次の檻は、壊れないようにせえへんとな。彼が聞こえないぐらいの声で呟いていたのは誰も知らない。


 
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