名残の煙
あれから白石さんから聞いた話によると、昨日私はべろべろに酔ってしまい家の住所を聞いてもまともに答えなかったらしく一緒に連れて来てくれたらしい。
ちなみに白石さんは昨日はソファーで寝たと言っていた。
どこまでも紳士的な人だと印象を受ける一方でほんとに迷惑をかけてしまったという思いが入り混じる。
『ほんとお世話になりました』
「ん?ああ、ええよ気にせんとき」
『じゃ、じゃあ私はこれで…』
「待った」
荷物をまとめて帰ろうとしたわたしに白石さんの手が私の腕を掴む。
え、と戸惑う私に白石さんは言う。
「送ってく」
『え?い、いやいいです!そこまでは流石に…っ』
「女の子一人で帰すなんか格好つかんから、頼むわ」
すごく有り難い様なそうでないような…。
私あの車内の空間耐えられる…?
耐えられない。
普通の会話ですらこんなに緊張するのに。
『ほんとすみません…』
結局今送ってもらってる。
あの後何度か断ったがどうしても白石さんは譲ってくれそうになかったから流石に折れてしまった。
信号は赤になり車は停車する。
「今からバイト?」
『い、や…その、今日は入ってないんです』
「ほんま?」
『…はい』
「せやったら今からちょっと一緒に来てほしいとこあんねんけど構わん?」
『え?』
それはわたしでいいのかな。
なんて思ったけどどうせ時間は空いてるから首を縦に振った。
「名前ちゃん、こん中やったらどれがええと思う?」
今来たのは珈琲豆の専門店。
そして白石さんが選んでほしいと言ったのは珈琲豆の種類。
『わ、私なんかでいいんですか?』
「名前ちゃんがええねん。あの喫茶店で働いてんねんから」
一瞬“名前ちゃんがええ”という言葉に反応してしまった私自身に少し渇を入れる。
そうだ、喫茶店で働いてるから私に頼んでるだけで他に何の意味もないんだから。
自惚れちゃだめだ。
『白石さんはどんな味が好きなんですか?』
「せやなあ…やっぱコクが深い方が好きやわ」
『だったら少し高いけどブルーマウンンテンですね。だけどこれだけじゃ流石に濃い過ぎるかもしれませんからブルーマウンテンブレンドがいいと思います』
「なるほどなあ。せっかくやしそれにするわ」
白石さんは店員さんに言いレジへ向かった。
わたしは白石さんを外で待ち少しすれば「すまんな」と言って白石さんがお店から出てきた。
「いや助かったわほんま」
『あれくらいのことでしたら…。お役に立てたみたいでよかったです』
「ほんまありがとさん」
それから他愛もない色んな話をしていたらいつの間にか私が住むマンションの前に着いていた。
『あの、ありがとうございました。昨日もお世話になりました』
「ええて」
『またお礼させてもらいます』
「それって今でもええ?」
『え…?ま、まあ…』
「ほなアドレス教えて」
予想外の回答にびっくりしてしまう。
『ア、ドレス…?』
「あかん?」
少し眉を下げた白石さんの顔に私がダメと言えるはずもなく。
赤外線通信でお互いのアドレスを送り合った。
「また連絡するわ」
『は、はい…』
「ほな、またな」
ふわりと笑う白石さんに男の人に慣れてない私は心臓が鳴りっぱなし。
『ありがとうございました』
もう一度お礼を言って頭を下げると「おん」と言って微笑み、窓から少し手を出して車を飛ばして行った。