二文字の重み
慣れないバイクのエンジン音。
想像よりも遥かにスピードは速く向かってくる風が怖いとさえ感じる。
こんな細い取っ手じゃやっぱり怖すぎる。
そんな思いの中椎野くんに名前を呼ばれた。
「やっぱ掴まってて。俺が心配だから」
色々な騒音のせいで聞こえにくかったけど微かにそう聞こえた。
掴まりたい気持ちは山々だけど、色んな思考が私を止める。
なかなか掴まらない私に椎野くんは私の腕を引っ張り自分の腰に回した。
「悪いけどこっちにして」
椎野くんに腕が腰に回されたことで躊躇いはなくなり、もう片方の腕も腰に回す。
さっきよりも断然に体は近く、自然に頭は背中に当たる。
少し気恥ずかしく思ったものの「これじゃやっぱりルミの言ってた通りになる」と意地でその思いを掻き消した。
「着いたよ」
腰に回していた腕を離し、ヘルメットを取る。
見渡してみれば特に特徴もない普通の公園。
「ごめんね、そんな遠出することもなかったんだけど話があったから」
『ううん、話って?』
近くのベンチに腰を掛ければ隣に椎野くんが座った。
数分の間椎野くんは口を開かなかった。
気にはなったけど椎野くんが口を開くのを待った。
「……俺、知ってたよ」
『なにを?』
「苗字が新名の友達ってこと」
新名って言うのは里香ちゃんの苗字。
話が読めずにわたしはじっと椎野くんを見つめた。
「大阪転校して来たときに新名と同じクラスで、アドレスとかも知ってたからちょいちょい連絡してたんだけど、新名がいつか今仲が良いメンツとか言って写真送って来たときがあって」
『うん』
「その写真の中に苗字も写ってて新名に苗字に会わせてって頼んだんだよ。それで新名が紹介っていう設定で苗字に話を持ち掛けたんだと思う」
それで椎野くんに紹介の話をした時にあんなに曖昧な返事だったのか、と納得。
『でも、どうして会いたかったの?』
「俺、さ…中学ん時から好きだった」
好き…?
誰が誰を?
椎野くんは改まって体ごと私の方へ向き、目を見つめてはっきり言った。
「ずっと好きだったんだ苗字のこと」
『ほんと、に…?』
「うん。だから告白も全部断った」
『そっか……』
こういうときなんて言えばいいんだろう。
初めて誰かに告白された。
だから尚更わからない。
こういう時の反応だとか、なんて返事をするのがいいのか。
「返事は今すぐじゃなくていいからゆっくり考えてほしい」
『…うん』
「ごめん、急にこんなこと言って。だけど、どうしても聞いてほしかったから」
椎野くんの瞳は揺らぎがず真っ直ぐ私を見つめていた。
「それじゃあ帰ろうか」
再びバイクに跨る。
何も言葉は交わさず、耳に聞こえてくるのはバイクのエンジン音だけ。
椎野くんは駅で私を下ろすとわざわざバイクを止めて切符売り場まで来てくれた。
「苗字」
『うん』
「困らせるようなこと言ってほんとごめん。だけど俺、ほんとに苗字のこと好きだから」
はっきり耳に届いた“好き”って言葉。
たった二文字なのにどうしてこんなに重みのある言葉なんだろう。
「じゃあ今日はありがとう。またね、おやすみ」
『…おやすみ』
本当は私こそ言わなくちゃいけないのに。
駅までいつも送ってくれて今日は学校まで迎えにも来てくれた。
だけどどうしても口が動いてくれなかった。
自分の思っていた以上に心は動揺しているみたいだ。
私は友達だと思っていたけど、椎野くんはちがってたんだ。
やっぱりルミの言ってた通り異性同士の友達関係は成り立たないんだね。
私は色んな感情がぐるぐると渦巻いて何も考えられなくかった。
だからその現場を白石さんが見ていたことになんて全く気付かなかった。