ようやく目的の場所に辿り着いた時、オレはひとまずほっと胸を撫で下ろした。想像していた最悪の事態にはなっていなかったからだ。
 けれど、依然二人は刀を握りしめたままぶつかり合っている。さっきより傷も増えているように見えた。
「ちょっと兼さん! 何やってるの!」
 和泉守の姿を確認した堀川が、真っ先に傍へ駆け寄り後ろから羽交い絞めにした。
「ああ!? 国広!? てめえ、何すんだ離せ!」
「離さないよ! ここで真剣抜いちゃダメって、主さんに言われてるでしょ!」
「うるせえ! オレは今こいつと文字通りの真剣勝負をしてんだよ!」
「そうだぜ。いくら相棒でも水差していいもんじゃね――って、いってぇ!」
「同田貫殿も、そこまでですよ」
 その優しい声とは裏腹に、いつのまにかいち兄が同田貫を完膚なきまでに完璧に抑え込んでいた。どうやら腕の関節をきめているらしい。筋骨隆々の同田貫が身動き一つ取れず、痛みに顔を歪めるほどだから、かなりギリギリまで締めているのだろう。いつもの柔らかな物腰そのままでこういうことをするから、いち兄は時々怖いのだ。

「……よっと。んじゃ、とりあえずこれは没収な」
 オレはじたばたともがく和泉守の手から刀を取り上げ、同田貫が締め上げられたときに落した刀も拾って、揃えて手合せ場の隅に置いた。
「くそ、せっかくいいところだったのによ……」
「決め事はちゃんと守らなきゃダメだよ、兼さん。同田貫さんも」
「ちっ……今日のところはとりあえず引き分けってことにしといてやるよ、和泉守」
「ああ? オレの方が押してただろうが」
「はいはい、そこまで。二人とも怪我してるんだから大人しくして」
「……つーかよ、いい加減離せよ。いてぇんだけど」
 同田貫がきっ、と睨み上げると、いち兄は少しだけ申し訳なさそうに笑ってその手を解いた。
「ああ、すみません。つい」
「つい、だぁ? 腕もげるかと思ったわ」
「ははは、申し訳ありません」
「……おい国広、お前もそろそろ離せ」
「あ、ごめんね兼さん」
 堀川が謝りながらぱっと手を離す。互いに自由になっても、さすがにもう取っ組み合うつもりはないらしい。二人ともすっかり気が抜けたのか、大人しくしていた。

「お二方も落ち着かれたようですし、次は怪我の手当ですな。薬研を呼んできます」
 そう言って立ち去ったいち兄は数分後、救急箱を持った薬研を連れて戻って来た。





「……おお、こりゃ随分派手にやったな」
 和泉守と同田貫の二人を床に座らせて、救急箱から絆創膏やら包帯を取り出す薬研。堀川もその隣で二人の手当――主に和泉守の手当――を手伝い始めた。
「まぁ怪我自体は治らねぇが、とりあえず応急処置だ。何もしないよりはいいだろ」
「うん、薬研君ありがとう」
「いや、このくらい気にしなくていい。いち兄から聞いた時は驚いたけどな。……それより厚、このこと、一応大将に言っといた方がよくないか?」
「あー……やっぱそうだよな。二人の手入れもしてもらわないといけないしな」
「別に手入れなんていらねぇよ。そんな深手でもねぇしよ」
「同田貫殿。そうは言っても今日はまだ週の中ほどですぞ。主殿がこちらにいらっしゃるまでの数日、ずっとそのままの状態でおられるつもりですか?」
「ああ、俺はそれでいい。この程度、痛くも痒くもねぇからな」
「それはオレも同感だ。わざわざあいつ呼ぶ必要はねーよ」
「とか言って、兼さんは主さんに怒られるのが嫌なんでしょ」
「はぁ? そんなわけねーだろ」
 そうやって、みんながなんだかんだと言っている間に、オレはこっそり大将にメッセージを送った。やっぱ報連相はすぐにしないとマズいからな。
 時間的にはまだ仕事中だろうから返信は遅いかも――と思っていたら意外にもすぐに返ってきた。大将、今日はそんなに忙しくないのかもしれない。

「おっ……なあ、大将今日こっち来るってさ」
 オレの一言に、和泉守と同田貫はあからさまに嫌な顔をした。
「おい厚。連絡しなくていいって言っただろ。俺は平気だからよ」
「そういうわけにもいかないって。これも近侍の仕事だからな。……ああ、あと大将から二人に伝言だ。余計な怪我してんじゃねぇ、ってさ」
「……それ絶対キレてんだろ。くそ、またしばらく出陣禁止かよ」
「兼さん、自業自得だよ」
「あと薬研。大将が手間かけさせてごめんって」
「ん? 俺っちは別に大したことはしてないぜ。大将にも気にすんなって言っておいてくれ」
「……えー、では、主殿が戻られるまでお二方は安静に、ということでよろしいですかな。それから、このことは他の皆さんにも伝えた方が良いですね。主殿が平日にこちらにいらっしゃるのは稀ですし、夜ということなら食事の準備なども必要かもしれません」
「じゃあ、俺っちはまず弟たちに伝えて来るかな。大将が来るって言えばみんな喜ぶだろ」
「……オレはとりあえずここの掃除かなぁ。よく見たら血飛んでるし」
 目を凝らさなければわからない程度だけど、手合せ場の床や壁には、飛び散った血痕があちこちに小さな染みを作っていた。
「うん、それは僕もやるよ。本当は兼さんたちにも手伝ってほしいとこなんだけど、怪我人だししょうがないよね」
 オレの気のせいかもしれないけど、その時堀川が和泉守に見せた笑顔は、いつもと同じはずなのになぜだか少し怖かった。



[ 3/4 ]

[*前へ] [次へ#]




[ 目次 ]
[ 小説トップ ]