お星さまに願いを―夜空の彼方にあると言われる『星の国』。
―そこには、たくさんの星にかけられた、たくさんの願いが集まるという。
星の国にたつ宮殿。
その幻想的な建物の中の一室には、星の中でも特に優れた7人の星―星の精が集まっていた。彼らは白い大きな机を囲むように座り、これから星としての仕事を始めようとしていた。
地上の季節は夏。気温の高い日が続くなか、今日もまた多くの願いが届けられた。
「ぼく、星の精への嫌がらせの日としか思えないんだよね。この日って」
うんざりした顔で言ったのはテール。
「確かに。わざわざこんな日作らなくても、毎日嫌というほど願いが届けられてるっていうのにね」
苦笑いしながら向かい側に座るニールが言う。
「真剣な願いならまだしも、ふざけた願いが多すぎますしね。下手に妙な逸話を作らないで欲しいですね」
真面目な顔で言い放ったのは、テールの隣に座るネール。
「織姫ちゃんと星彦くんの話よねぇー。一年に一度しか会えない恋人‥ロマンチックで私は好きだけどなぁ」
両手の指を絡ませて、にこにこと話すのはマール。
その横で、「ロマンチックか?」とダールが否定する。
「仕事をないがしろにした星の話だろう、あれは。織姫と星彦のツケが我々にきているのだとしたらたまったものではないな」
ごほん、と咳払いをしてから、ハールが二人の話に入ってくる。
「一言言わせてもらうと、星彦じゃなくて彦星だけどな」
「諸君、無駄話はそれくらいにしてそろそろ真面目に仕事をしてもらおうかの」
上座に座るチョールの言葉で、ぴたっと皆のお喋りがやむ。
星の精最年長そして最長歴を誇るチョールは、ふう、と少し息をはいてから堂々とした口調で皆に告げる。
「地上での七夕という習わしの影響もあり、ここ数日多くの願いが届けられておる。今日はそのピークと言って良い。願いが届けられるのは結構だが、多ければ多いほど、不純な願いが紛れ込む可能性も高い。皆のもの、叶える願いはくれぐれも慎重に選ぶように」
はい、とチョールを除いた6人の星の精が声をそろえて返事をする。
この7人の星の精により、叶えるに値すると判断された願いだけが、スターの杖に願いを叶えてもらえるのだ。
「よいしょ」と、ニールが机に大きな袋をのせる。
これには、星の子が聞き届けてくれた人々の願い星が詰められている。
「はい、これがさっき届いた願い星」
袋を横にすると、紐のとかれた開け口からざざぁーっ、と金平糖のような小さな星屑が散らばる。
この星屑は『願い星』と呼ばれ、その一つ一つに誰かの願いが込められている。
皆は立ち上がり、ニールが机の上に広げたそれをさらに手でまんべんなく散らばらせる。
「いきなりこの量か‥先が思いやられるな‥」
「あ、常連さんはっけーん!」
ぼやくダールの隣で、マールが深い緑色の願い星を手に取る。
願い星は、ふわりと宙に浮きマールの手を離れると、ぱあっと強い光を放つ。
すると、その願い星から発せられる大きな声がその部屋に響く。
『今度こそ、我輩がマリオをボコボコのギタギタにしてやるのだあああ!!!』
そのあまりの大声に宮殿がわずかに揺れる。
7人の星の精は慣れているのか、少しも動じない。
「はいはい、却下却下ー」
「クッパは本当にそればっかだね」
テールとニールが呆れたように言う。
「残念ねぇ。じゃあまたね」
マールがそう言うと、願い星はキラキラと光をこぼしながら消えた。「不採用」というわけである。
「おや」と、ダールがある願い星に手を伸ばす。
赤く光る願い星に目を付けたらしい。
「珍しいこともあるものだ。これはマリオの願い星じゃないか?」
「マリオって‥地上でずいぶん騒がれてる方のことですよね」
ネールの言葉のすぐあとにその願い星は、ぱあっと光を増す。
そして先ほどと同じように、願い星から声が聞こえてくる。
『クッパが姫をさらいませんように』
「そうだな‥クッパの姫さらい癖は困ったものだからな‥この手の願いはいくつも届いてるし、代表でマリオの願いを採用するか‥」
考えるダールにテールが口を挟む。
「いや、いんじゃない?だってさらわれたらどうせマリオが助けにいくんでしょ?」
「‥‥‥‥‥まあ、それもそうか。叶える必要もないか」
テールの意見を聞き、ダールは持っていたマリオの願い星にさよならをつげる。
「いいのか、それで!?」
無責任な会話をする二人に、ハールがつっこむが、二人はまるで気にしない。
「さて‥」とチョールが近くの願い星を手にとる。
聞こえて来たのは小さな女の子の声。
『将軍とおにごっこがしたーい!』
「これはヘイホー族の女の子の願いのようじゃな」
「可愛い願いねえ。これは叶えてあげたいなあ」
マールの意見に、チョールは「そうじゃな」と頷く。
「これは叶えてもいいじゃろう。採用じゃ」
賛同を得た願い星は、無駄に高い部屋の天井をまっすぐに昇っていった。他の願い星の仕分けが済むまで、空中で待機というわけだ。
「これはクリ村に住む女の子の願いだね」
小さな願い星を手にとり、そう言ったのはニール。
『お兄ちゃんと喧嘩しちゃったので仲直りがしたいです』
「兄弟喧嘩かあ。そのうち仲直りするとは思うけど、せっかく七夕にこれを願ってくれたんだし、叶えちゃおうか」
「ちょっと待ちなさいニール」
と、ダールが止める。
かざした願い星から声が聞こえてくる。
『クリコと早く仲直りしたいです』
「その『お兄ちゃん』の願いのようだな」
「なるほど。叶えるまでもないか。もしかしたらもう仲直りしてたりしてね」
不採用となったふたつの願い星は、キラキラと輝きを散らしたあと仲良く同時に消えた。
続いて、ネールが手にした願い星から聴こえてきたのは年寄りのおじいさんの声。
『カメのしんぴが欲しい』
「カメの神秘‥とは何でしょうか」
ネールに聞かれ、ハールが「うむ‥」と考え込む。
「カメ族の長老の願いか。詳しくはわからないが、おそらくカメ族の文明に関係しているのではないか。カメ族の生態の新しい発見を欲しているのかもしれない」
「カメ族にとって大きな進歩を与えるかもしれない願いですね。叶えてあげるべきでしょうか?」
「いや、文明の答えはやはり受け継いだものが自らの力で紐解いてゆくべきだ。不採用だな」
ぱあっ、とまたひとつ願い星が消える。
「よっ」と、テールが白く輝く願い星を手にとる。
『レサレサお嬢様のおてんばが治りますように。特に、ドレスのまま相撲をとり始めるのはおやめ下さいませ‥』
「テレサのお屋敷に住む執事さんの願い星だね。なんだか苦労してるみたいだけど‥相撲をとるお嬢様ってのも見てみたいし、不採用だなこれは」
「そんな自分の私利私欲で決めてはいかんぞ、テール。‥いや無視しないでくれる?ちょっと‥聞いてる?テール」
ハールが背中に悲しげな空気を漂わせるのを横目に見つつ、チョールが淡く黄色く輝く願い星を手にとる。
『ポコピーとずーっと一緒に居れますように』
「‥うむ。不採用じゃな、これは」
「どうしてですか?チョール様」
純粋に疑問を感じたニールに、チョールはしれっと答える。
「リア充は爆発するべきじゃからな」
「チョ、チョール様‥!?」
願い星は、強く光ったあとに儚く消えていった。
次に、マールが水色の願い星を手にとる。
『フニャ!また郵便配達員のパレッタさんに会いたいなぁ〜』
「これは、ゴツゴツ山に住むコブロンちゃんの願い星ねえ」
「コブロンは一つの場所に長く居続ける種族のために、会いたい人になかなか会えない生き物だからな」
隣で願いを聞いていたダールが意見する。
「会わせてあげたいわねぇ。これは採用でいい?」
「うむ。問題ないだろう」
「いっそこのパレッタって子が手紙をゴツゴツ山にいっぱい落としたりしちゃえばいいのにねぇ。そしたら何度も探しに来るでしょう?」
「郵便屋なのにそんなことしたらまずいだろう」
マールがそっと手をかざすと、願い星は天井高くまで飛んでいった。
それを見届けたあとに、ハールが、近くにあった青く光る願い星を手にとる。
『チャールズ先生と一緒に考古学の旅に出たいっス!』
「ノコノコ村に住む青年の願い星だな。純粋な願いだが、これは自分で叶えてこそのものだろう。不採用だな」
「ハールの意見に賛成ー」
ハールの顔も見ずにテールが賛同する。
「珍しいな。お前が我輩の意見に賛成するとは」
「ていうか、それは叶えたくない。〜っスってのが気にくわない。〜っス口調と、自分のこと我輩っていうやつはあんまり好きじゃないんだよね」
「ほう、そうなのか。‥‥‥‥‥え?」
不安げな顔で自分を見つめてくるハールを無視して、テールは仕分けを続ける。
手にしたのは紫色に光る小さな願い星。
『テールへ。星のかけらちょうだい』
「なんで名指しなんだよ!」
持っていた願い星を勢いよく机に叩きつける。
「そんな乱暴な!」
叩きつけた衝撃で、ぱあっと願い星は光をこぼして消えた。
心配そうにこちらを見るニールには気づかず、テールは「全く‥」と言いながら腕を組む。
「もう、あいつはクッパと一緒にブラックリストとかに載せて願いを聞き届けなくていいよ。いつも同じなんだから」
その後も、星の精たちはたくさんの願いを聞き、叶える願いと叶えるべきではない願いに分けていく。
『おともだちがいっぱい出来まちゅように』
『おプクさんのおせっかいが治りますように』
『泣き虫を直したいんだぞう』
‥‥‥
そうして時間は過ぎていき、真っ白な机の上がすっきりした頃、気がつけばもうすぐで日付が変わる時間となっていた。
太陽の昇ることのない星の国では時間の経過がわかりにくいが、部屋の壁に設置された大時計の短い針が11と12の間を指しているのだから間違いないだろう。
「さて、一通り済んだようじゃの。では、採用になった願い星を連れて、スターの杖の元へ行くぞ」
チョールの言葉で星の精たちは立ち上がり、願い星に移動するよう促す。
その時、袋の隅で小さく光を放つものをテールが見つける。
「あれ、もう一つ残ってるよ」
「おっと、選別し忘れか。‥む?これは‥」
「あ、その光は‥」
星の精たち皆が気づく。
淡い桃色に輝くそれはキノコ王国の姫の願い星だ。
「‥仕分けるまでもないな」
「ダールさんの言う通りだね。あのピーチ姫が間違った願いをするわけないし」
「いつでも誰かの‥みんなの幸せを願ってるような彼女だからな」
「さすがはキノコ王国のお姫様ねぇ」
「‥優しい光ですね」
「テールよ、その願い星もこちらの願い星の仲間に入れてやってくれるかの」
「はい」
テールが手をかざすと、願い星はそっと宙に浮く。
ぱあっ、と願い星が光り出す。
さて、今回彼女は一体どんな願いごとをしたのか。
皆が耳をすますなか、部屋にピーチ姫の綺麗な声が響く。
『みんなの願いが叶いますように』
「‥‥‥‥‥‥」
固まる7人の星の精たち。
うむ、想像通り美しい願いだ。しかし、今回のこの願いは‥。
「待った!その願い待ったー!」
「不採用!不採用ですよー!」
採用の願い星の元へと飛んでいくピーチ姫の願い星に、ニールとネールが焦りながら戻ってくるように必死に叫ぶ。
「ピーチちゃんはやっぱりいい子ねぇ」
「ぼくらの仕事を台無しにしてくれるような願いだね‥」
マールとテールの正反対の感想を聞きハールは苦笑し、ダールはため息をもらす。
そんな彼らを見て、チョールは呑気に笑いながら整えるように軽く髭に触れる。
見上げれば、夜空には満天の星。
そこに帯のように横たわった天の川は、明日届くであろう大量の願い星を予感させた。
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