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その日の放課後、明日香さんとセックスをした。どちらが誘うでもなく明日香さんの家へと雪崩れ込み、品のある天蓋のついたベッドの上でそれを行った。

彼女の部屋は清潔感のあるホワイトと薄いセレストブルーのファニチャーで統一されており、細かなフリルのあしらわれたシーツひとつをとっても高級そうな品で満たされていた。

部屋の隅には明日香さんの稽古事であるクラシックバレエのトロフィーやシューズがディスプレイされており、そこに立てかけられたクリスタルのフォトフレームには幼い頃の吹雪さんとの写真が飾られていた。

私達はお互いに同性同士で身体を合わせた経験は無かったし、またそのような知識も持っていなかったため、その拙い情事がセックスといえたのかどうかは不明だ。

事後、果てた私は気怠い息を整えながら制服を着なおした。明日香さんは生まれたままの姿でベッドに腰を掛け、私に寄り添い「またふたりきりで、会ってくれる?」と呟いた。

彼女が生活を繰り返す美しい鳥籠のような部屋の中で、明日香さんの存在は完璧なパズルのピースのようにあまりにも出来すぎたもののように見えた。なにひとつとして綻びのない洗練された美しさを放つ彼女を一糸纏わぬ姿に剥き、その身体を穢した自分が醜く惨めな、飢えた雌犬のように思え、先程まで高揚していた気持ちはいつの間にか萎んでいた。

私が明日香さんと身体を重ねたのはこれが最初で最後だった。

月日が経ち、中等部三年の三月、卒業も間近という頃、明日香さんから久しぶりにお茶をしないかという誘いを貰った。あの過ち以来、次第に彼女を避けるようになり、また彼女もそれを悟ったのか、私達は同じ学内にありながら疎遠になっていた。そんな関係の上での唐突な誘いであった為、身構えてしまい、どのように断ろうかと頭を悩ませたものの、モモエやジュンコも来るとの事だったので、断って何かに障るとよくないし、また過去の事と割り切り始めていた私は、渋々了承した。

待ち合わせの喫茶店には既に皆が到着しており、空いていた明日香さんの隣のソファに促され、おずおずと着席した。

「この四人で集まるのも、久しぶりね」

「本当ですね明日香さん!懐かしいわ」

「名無しも、なんだかんだで高等部に上がるんでしょう?」

「あ…うん、モモエ。外部受けたんだけど、どこも落ちちゃって」

安定や華やかさに惹かれデュエル業界を志したものの、中等部での生活に疲弊した私は外部受験を志願していた。しかし志望の高校に落ちてしまった私は、済し崩し的にエスカレーターでアカデミア高等部に進学することになってしまったのだった。

「良かったじゃない、また四人一緒にいれるんだもの。ね、明日香さん」

「そうね。名無し、高等部でもよろしくね」

久々に明日香さんの顔を間近に見た。背筋が凍るほど美しく端正な顔立ちに、私は恐怖すら感じた。彼女の美しさは日に日に増しているように見え、最終的には彫刻になってしまうんじゃないかと思うくらいに、ますます美貌に磨きがかかっており、それはとどまることを知らない。とめどなく流れる湯水のごとく、彼女は美というものに寵愛されていた。とにかく私にとって、彼女の美しさはとても怖いものだった。

皆に倣い、一杯の紅茶とフルーツのタルトを頂いたのだが、ちっともおいしく感じることができなかった。

帰り道、ジュンコとモモエと別れた後、帰宅路が同じ明日香さんと私は並んで歩き、夕焼けの街を歩いた。

「ね、名無し、この後、うちに寄っていかない?」

明日香さんは眉を下げて、私の腕をとった。彼女の大きな瞼に生えた濃く太い睫毛の連なりが頬に影を落とし、いじらしく震えていた。

私の腕を這うその冷たく白い彼女の指を慎重に引き剥がし、目を逸らした。

「ねぇ…いいでしょう?」

「ダメだよ…良くないよ、もう」

「…どうして?私、あなたに何かしたのかしら。それならハッキリ言って欲しいわ」

彼女の豊かなブロンドが三月の風に攫われ、清潔なホワイトリリーの香りが鼻をくすぐった。

寂しそうな顔も、苛立ったような顔も、まるで幼い頃大事にしていたフランス人形のようだ。私にとって明日香さんは、温度を感じない、丁寧に手入れを施された人形としか思えなかった。

「天上院さん」

「…え?」

わざと突き放すような呼び方で、彼女を制した。天上院さんの表情が強張ったまま固まった。そう、天上院さんは、その表情のままがいい。泣いたり笑ったり悲しんだりする天上院さんは、天上院さんらしくない。

「さようなら、天上院さん」

橙色の街の中にひとり佇む彼女を、その記憶と共に置き去りにするかのように、私は帰路を急いだ。


これこそが、私と天上院さんとの、今日までのあらましである。故に、高等部での私の青春の日々に、天上院明日香の影は無かった。


そして恐らく、高等部の一年生の、少なくともあの浜辺で集っていた彼らには、これらのプライベートな出来事の…私にとっては青春時代の過ちにすぎなかったとしても…全て知られているのだろう。あの時私を見た彼女の目は、確実にそう語っていた。

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170722
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