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中等部時代、私はモモエとジュンコといつも一緒にいた。デュエルに特別な熱意があった訳ではなかった私達は成績も芳しくなく、共に連んでは人気の歌手や流行りの服、好きな男子生徒の話ばかりをしていた。中等部に入学した当時から天上院明日香は学園の注目の的で、皆の憧れだった。容姿端麗、頭脳明晰、成績優秀、文武両道。家柄にも恵まれ、兄である吹雪さんもまた同じように優秀な人だった。

吹雪さんには、亮さんという唯一のライバルがおり、明日香さんが一年生の頃から三人でいるのをよく見かけた。中等部からの編入だった私も、学園の華である三人組を目で追わない日はなかった。

中等部一年の三月、三年生を送る会という名目のパーティーが開かれた。吹雪さんや亮さんを筆頭に、先輩との別れを私達後輩は涙を流して惜しんだ。

その日、私は校舎裏で吹雪さんを待っていた。

「どうしたんですか、こんな忙しい時に私なんかを呼び出して」
「うん。伝えなくちゃならない事があって」

吹雪さんの制服にはボタンがひとつも残っておらず、袖もよれていた。ここまでくるだけでも大変だったのだろう。

「僕、もう君とは会うつもりないから。金輪際関わらないでくれるかな」

いつもの輝かしい笑顔で吹雪さんは言った。言葉とは裏腹に、私を見る彼の目はいつものように優しく揺らいでいた。

「そもそも高等部は離島だから、会うこともないだろうけど、どうせ君も内部進学だろう?三年生になったら、君とまた顔を合わせなくてはいけなくなるよね」

私はただ彼の言葉に耳を傾けた。

「困るんだ。わかるね?」
「…わかりません。一ミリも。何でですか?私以外の、他に関係のある子達にも、同じように言ってるんですか?」
「いや、君だけだよ。もう関わって欲しくないんだ」

吹雪さんはとても優しい人だ。特定の彼女を持たないが、どんな女子生徒にも平等に優しく振る舞い、時には身体で答えた。彼は本心で、沢山の女性を喜ばせる事に身を尽くす人だった。皆、それを理解していて尚も彼と関係を持った。人柄のせいか、彼を責める人は一人もいなかった。だから私も、彼を喜ばせる数多くの内の一人だったとしても、吹雪さんを好きでいる事ができた。

「君、亮と寝ただろう」

びくり、と私の幼い肩が身を縮こませた。

「どういうつもりかわからないけど、それで僕の気を引けるとでも思った?」
「…吹雪さんだって…」
「女性は好きだよ。皆僕を求めるから、僕も応えたいと思う。でもそれ以上に僕が大切なのは…わかるね?」

吹雪さんの細く長い脚が踵を返した。

「世の中のどんな女性より、僕は亮や明日香が大事なんだ」

吹雪さんと言葉を交わしたのはそれが最後だった。
最後の言葉の意味も、私はよく理解していた。そして彼の気を引くために、亮さんに言い寄ったのも、まぎれもない事実であった。
明日香さんが亮さんに想いを寄せている事も勿論知りながら、私は吹雪さんの親友である亮さんに迫った。
この年頃の健全なティーンエイジャーであればどんな男の子であっても、あるいはどんな女の子が相手であっても、肉体関係を迫ればどうにかなってしまう事を私はよく知っていたのだ。気持ちはどうであれ、ただの青春時代の淡い後悔として残るだけだという事も。

私はその頃、誰もがそうであるように、甘酸っぱい恋をしていた。そしてどんなに身を捧げても、吹雪さんが私だけの物にならない事に思い悩んでいた。

彼の身体から安っぽいコロンの香りがする度に、人生の終わりかのように憂いた。嘘だと分かっていても、可愛いと言って頭を撫でられるだけで、全てを許してしまった。

亮さんは大人びた外見とは裏腹に、女性には興味がなさそうに見えた。真面目で、堅実で、努力家で、整った容姿を備えた彼は女子生徒に持て囃されるものの、それがどこか別世界の王子様のように思えたのか、彼に積極的に言い寄る女子はいなかった。そして何より、明日香さんが亮さんに好意を抱いているという話は女子生徒の間では専ら周知の事実だったため、誰も彼女をライバルにしようなどとは考えなかったのだ。

私は全てを知っていながら、成長期の有り余る肉体を持つ丸藤亮に近づいた。多少手段は強引だったとしても、最終的に私の中で果てる彼もまた、健全たる男子中学生のそれだった。

人気者であった彼らが卒業してからの学園は静まり返ったように見えたが、新し物好きの女子達はまた別の男子生徒を見つけてはアイドルに仕立て上げ、若い青春の日々を消費していく。吹雪さんと関係のあった多くの女子生徒がそうしたように、私もそれに倣い、僅かな甘く若い思い出として彼やその出来事を忘れようとしていた。私はただの、幼い、新し物好きの女子生徒に過ぎなかった。

そして一年次まで吹雪さんや亮さんと連んでいた明日香さんは、モモエやジュンコと共に過ごすようになり、偶然、私もその一員に加わった。

明日香さんは何も知らないように思えた。私も何もなかったかのように振る舞い、彼女らと日々を過ごしていたのだが、明日香さんの顔を見る度に、どうしても吹雪さんが脳を過ぎる。彼の美しい顔と瓜二つの明日香さんは、彼と同じ衣服の匂いがし、彼と同じ思い出を、彼と同じ顔で語った。思春期の性は些細なきっかけで柔軟にかたちを変えていく。私が彼女に恋をするのにそう時間はかからなかった。


中等部二年の夏、私と明日香さんは水泳の授業を見学していた。夏の日差しが水面を反射し、ひどく眩しかった。隅にある日除けの影の下で私と明日香さんは二人並んで腰を下ろし、茹だるような暑さの中を燥ぐ友人達を遠目に眺めながら、股間に滑りつく血液の不快感に耐えた。

「明日香さんも生理?」

丸く体育座りをする私の真横に、背筋を伸ばしてプールを眺める明日香さんの涼しい横顔はあった。セミが鳴く炎天下、遠くのビルは陽炎となって歪み、生徒達のけたたましい笑い声が耳をつんざくのに、明日香さんはまるで汗をかいていないどころか、眉ひとつ顰めずに平然としていた。彼女の白く透き通った肌は、この場に全くと言っていいほど馴染んでおらず、どこか浮世離れした麗しさだった。

「ええ。生理。だけどピルを飲んでいるから平気なの」
「ええ、ピルって、中学生でも飲めるんだ」
「もちろんよ。私は周期のズレが不愉快だから飲んでる。生理痛も軽くなるのよ」

低容量ピルという存在について保健の知識程度にしか知らない私とは違い、それを誰よりも早く服用している明日香さんがとても大人びて見えた。明日香さんの小さな口から出る言葉の数々は、私達女子生徒に都会的且つ新鮮な衝撃を与えてくれる。

「どうりで、涼しい顔してるわけだね」
「この暑さで泳ぎたくもなかったしちょうど良いわ」
「汗、かかないんだねえ」

人並みに日焼けした私の腕の和毛には、汗の粒がうっすらと乗っている。すぐ隣の明日香さんの青白く細い腕は滑らかで、並べて比べてみても同じ場所に存在しているものとは思えなかった。

「UVの制汗剤を大量に使っているからよ」

今度使って見る?と清潔に笑う彼女の肌は、まるで毛穴ひとつとない人形で、果実のような唇から覗く真っ白な歯の粒はきちりと整列し、下ろしたブロンドの髪は薄布に包まれた豊かな胸元の隆起にスルリと垂れている。

私の手はいつしか彼女の腕を撫ぜていた。するすると滑らかな触り心地の彼女の腕は、シミはおろか、ムダ毛の一本も見当たらない。

「毛、無いね。すごい」

唐突に肌を触れられた明日香さんは一瞬目を丸くしたものの嫌がる様子は無く、「脱毛サロンに通っているから」とまたひとつ、魅惑のワードを私にくれた。

「へえ、そうなんだ…高いでしょ、痛そうだけど」

上の空で返事を返しつつも、私の汗ばんだ掌は彼女の上腕を伝って回外した手首を行き来し、肩、首筋を這う。

知り合いがやっているから今度…と言いかけた唇が動きを止めた時、私の舌は彼女の唇を舐めた。
プールは相変わらず賑やかで、片隅の日陰で小さくなっている私達に気付く人は誰もいなかった。フェンス越しの緑が温い風を運び、彼女の瞳を揺さぶった。

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170630
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