「名無し、愛してる」 「私も愛してるよ」 「知ってる」 「嘘よ、そんなの」 「どうしてだ?」 「わかるの。私のほうが十代よりもずっと愛してる」 十代は、誤魔化すみたいに嘲笑うみたいに、気持ちの良いキスをくれる。 人 で な し の 恋 前に一度、十代の首を絞めた事があった。殺意は無く、はたまた興味本位の行為でも無かった。お遊びとでも言えば良いのか。ちょっと驚かせようとしたのだ。私は、そういう時の人間の反応を、仮面を被らないありのままの姿だと信じて疑わなかった。人を騙すゲーム。そこにゴキブリがいる!と嘘を言って天上院さんに叱られた事もあった。三沢君の肩に何か憑いてる、と意味ありげに言ったこともあった。私の中でゲームは定番化した。たまに思い出せばそうやってちょっかいを出すのが楽しかった。 そしてこれも本当に軽い気持ちだったのだ。そのはずだ。 冷たい夜中の事だった。辺りは丁度静まり返り、時を見計らって自分の寮を出た私は、十代の寝床に侵入した。荒ぐ息。秋が近く外は寒かった。このまま十代に抱かれるのも良いと思った。 しかし予想外だった。この時間帯なら、十代はまだ起きてると踏んでいたのに。十代は既に布団の中で規則正しく息をしていた。寝顔が愛しいと思った。 首を絞めてみる。練習した、怖い声も、出してみる。 起きて愛しい人。飛び起きてから、笑ってキスして抱いて欲しい。 眠りが浅かった様だった。 「うわぁああっ…あっああ…あー!!」 十代は本当に、私を幽霊かゾンビとでも思ったのだろうか。怯える彼の肩は小刻みに震え、嘘だろとでも言わんばかりに目は見開かれていた。数時間前に階段話をしたのが効いたのか、知らぬが。私は十代の悲鳴にひどくショックを受けた。そんなつもりじゃ無かったのだ!私は、自分で自分を傷つけたのだろう。とてつもなく浅はかだと思った。愛を確認しようとした?無意識に!彼を騙してまで?分からない、知りたくない。ただ、罰だったのかも知れない。 彼の、人を人と思わぬ目、命乞いの叫び声が体現する恐怖。首に入れた力を緩めた隙をついて、十代は私を突き飛ばした。私は驚いて、役を演じるのも忘れて、ただ十代を見つめた。肩が痺れた。夜は寒い。声も出なかった。 十代は息を荒げて泣いていたのだ。 「ほんとに、本気じゃ無かったのよ」 「だー!もう、思い出して笑っちゃうから、その話やめてくれよ!」 教室での談笑。十代はゲラゲラ笑い出した。 あれはもう過去の笑い話へと様変わりしていた。そしてどうにも、この一連の出来事は、十代の笑いのツボにハマるらしい。私も彼の汚れないそれにつられ笑う。なんて、なんて幸福なんだろうか。 「へえ。十代にも怖い物があるんだな」 三沢君が興味深げに言った。天上院さんが頷く。 「それどういう意味だよ!」 「そのままの意味でしょ」 「マジで怖かったんだぜ?」 「十代、本当に怖がってたの?」 「とっても」 嗚呼!恥ずかしい、もう忘れたい!と嘆きながらも、十代は未だに笑っている。そんなに可笑しかったろうか。確かに奇妙だったかも知れない。 「俺名無しに殺されるかと思ったもん」 けれども私は、十代と違って、その記憶を忘れたいだなんて思わない。この先、私と十代が恋人じゃなくなっても、決して忘れないだろうし、また、忘れることもできないだろうと思う。 「疚しい事でもあったんじゃない?」 「ハッ!そんな訳ねえだろ」 鮮明だった。色がある。音も覚えている。 突き飛ばされた時のあの私の感情を、どういう言葉で表せばいいのか難しい。母体から排除された胎児とでも言おうか。 一体誰に言うのだろう。 「でも、十代にも可愛い所があるのね」 「本当もう、すごかったんだから」 「頼むからそれ以上、言うな!」 私が間違っているだろうか?あんな出来事だけで彼の愛を測ってしまう私は愚かだろうか。 夜は泣き濡れる。十代に抱かれない日なんてもう最悪。求めても拒絶されてる様な感覚。馬鹿らしい。独り善がり。どうせ十代は、鼾をかいて寝ているだろうに。 あの時私が十代の立場だったらどうしたか?私だったら十代を抱き締めた。彼の気紛れの悪戯だと分かっていても、また、本当に殺意があっての行動だったとしても、己の首を絞める彼を許し愛しただろうに。 「十代、キスして。沢山して」 「今夜はやけに甘えたがりだな」 暖かな愛が降り注ぎ太陽光が私を侵す。 だって私は本当に、十代が好きだもの。 子宮は嘘を吐けない。 090625 |