だって名無しは時々怖いよ。十代はわざわざセックスの最中に呟いた。汗ばむ背中。放課後の教室に、二人以外の生命は存在していない。

最中だからこそかも知れない、とふと思う。二人が一つになっている時は、まるでドラッグでもしてるみたいに気持ちが高揚して、そこに嘘や虚像は無くなる。溺れている感じ。十代はその時だけ素直になってくれる気がする。

私達は、途切れる会話を挟む以外、動物としての生殖行為に没頭し、溺れた。十代はゴムをしない。

「なんの事」
子宮が満ちる感覚がした。ドクドクと充血して波打つ。ぬるい液体が滴る。私達は馬鹿なんだと思う。

「俺が死ぬときの話。きっとお前に殺されて死ぬんだと思う」
「なにそれ」
「ん?なんでもねえ」

辺りはすっかり日が暮れており、いつしか気温も落ち着いていた。近頃は猛暑で、彼の暑苦しい寮で抱き合うなど不快以外の何事でもなかった。だから最近はこうして、快適に性交できる場所を転々と探し求めていた。
昨日は体育館倉庫でやった。あそこは駄目だ。埃っぽい。

「なんでもなくないよ、それ」
形を正ながら、先ほどの言葉に遅れて返答した。十代はあそこで会話を終了させたかったようなので、返答とは言わないのかも知れない。

「ティッシュ使うか?」
「…いらない」

すぐ誤魔化すのは彼の癖なんじゃないだろうか。性器が滑って気持ちが悪い。

「怒るなよ、おい」
「怒ってないわ、別に」

なら寮に帰るぜ。そろそろ警備員が来る。あっけらかんと言う彼に手を引かれ教室を後にする。
私は自分が幸福だと信じて疑わない。汚れない彼を愛す私は幸福でなければならない。愛するとは幸福な事だと母が言っていた。疑う余地は無いだろう。私は十代に嫌われたってずっと十代を愛すけど、十代は勝手に私の愛に応えているだけであって私は別に頼んでない。それはつまり私の愛は無償だということに繋がる。私は十代を愛してる事で生き長らえている。それくらいに私の中は十代しか無い。

「私は別に。十代が私を愛してなくたって大丈夫」
「あ?なんだそれ」
「さあ。わかんない」



気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。




吐き気時々嘔吐。
…私もう、だめだ。



・・・




「妊娠検査薬なんて取り寄せないとあるわけないじゃない!」
天上院さんの意見は尤もだった。何もいえずにただ腹に手をあてがい、この中で起こっている出来事に想像を巡らす。コウノトリが赤ちゃんを運んでくるはずが無い事を実感し、自分が女である事を再確認した日。
まるで犬だと思う。

「まだ決まったわけじゃないよ」
「あなた馬鹿?犬みたいに盛って…退学よ退学!避妊をしなかった時点であなたは私達周囲の人間を全て切り捨てたのよ!」

彼女は泣いていた。美しい彼女が泣く姿は変わらず美しかった。彼女は友人に頼んで薬を送ってもらう約束をしてくれた。彼女は泣いていた、私のために。

私がもし、十代だったら。私が十代だったら天上院さんとお付き合いしたい。私となんか絶対に関わらないだろう。私が十代になったら、天上院さんの肉にまみれて、愛の香りに溺れたい。



「三沢君」

三沢君は図書室にいた。物静かな彼にはこういう場所が似合った。難しい本に埋めていた顔を上げて目が合うと、意外だとでも言いたいふうに目をまん丸くさせた。元々私と三沢君は親しくなんて無いし、それに私は図書室なんて柄じゃ無かった。江戸川乱歩は好きだけど。

「珍しいな」
「うん。何してるの?」
「本を読んでるのさ」
見ての通り。三沢君は何らかの本を読んでいたが私にはそれが何なのかまでは分からない。私は馬鹿なんだと思った。

「十代の子供ってどんなふうかな」
「もう先の話してるのか」
「ううん、別に。なんとなくだよ」
「最近十代が、溜まってるって言っていた」
「うん。してないもん」
「ふうん。そうか」
「そうだよ」

三沢君は、再び本に目を落とす。窓の外には木々の青々とした葉が揺れている。もしも私が十代だったら…そして三沢君が同性愛者で、十代に恋していたら、私は三沢君と付き合っても抵抗が無いだろう。素敵だとすら思う。




検査薬は一週間もしないうちに手元にやって来た。天上院さんの気配りに感謝しきれない。
便所で出た結果は陰性。私は妊娠をしていなかった。

私は妊娠を、していなかったのだ。



「なあ、名無し」

嗚呼怠い。何もしたくはない。このままベッドに埋もれて死に絶えても良い。安らかだろう。端に腰掛けて私を気遣う十代。道づれにできるものならしてやりたい。

「授業、でないのか」
十代の声はすごく優しい。私を気遣うその声に思わずうとうとしてしまう。もう一時間目が始まっているだろうに、申し訳無くなって再び死にたくなった。


禁欲して、もう三ヶ月近くなるのだろうか。その間十代がどうしていたのか知らない。禄に会話をしていないので分からなかった。知らなくていいのかも知れないと疑う自分に嫌気がさした。十代はこんな女のどこが良いのだろうか。
彼の何を信じていいのだろう。全てを信じ切ってしまうことは、返って彼に重い負担を背負わせることになる。そんなのは知らないけれど、もしかしたら私の愛は重いのだろうか。愛の質量とは何か。

開け放たれた窓からぬるい風が滑り込み、私達の熱を下げた。十代は寝込む私に欲情しないのか。嗚呼倦怠感。天上院さんはまだ怒ってるだろうか。



「十代、私妊娠したの」



虚言癖の女なんて、私だったら御免だ。



090630
続く?
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