(2/3)

 純粋の毒とはなんだろうかと考えます。純粋の毒とは、遊城十代の事だと思うのです。十代君は何も知らずに沢山を傷つけ、または侵して気を狂わせ、幸福にしたり、不幸に突き落とします。それは全て先天的な彼の体質であり、つまりは無自覚なのです。純粋とは愛や優しさや慈しみなんかではなく、無なのです。無こそ究極の美徳なのです。それが遊城十代という男でした。


 翌日、実技の授業の後、一目散に浜辺にやってきました。調度陽の暮れるところでした。海に沿ってぽつぽつ歩いていると十代君はいました。浜辺の突き当たりの崖の下で、腰を下ろして足を投げ出し、夕陽を眺めているようでした。

「すごく早かったね。実技最後まで勝ち残ってたのに…。」
「だって名無しが俺と会うって言うから近道した。」
「えっ…うん…あっカード!」
「やりぃ!サンキューな!」
「うん。私使わないからさ。」
「見ろよ。夕陽綺麗。」
「…十代君て以外とロマンチストなの?」
「変かぁ?!」
「ううん…」

ううん、だって私十代君の本質しか知らないのです。こうしてふたりきりで会うのも確か初めてだったと思います。私は輪の中にいてもいつも前には出れず、話すらできず、ただ十代君の言葉しか耳に入らない、といった感じだったので、彼のアイデンティティだとかそういった表面的な人間性は、メール以外に深く対話したことのない私にはあまりわからない事でした。だからどうして今ふたりでいられるのか不思議になり、何故私めがこのような状況を作り出してしまったのかなど、難しい事を沢山考えてしまう次第でした。とにかく申し訳なくなり、「夕食だし、そろそろ戻ろうか」と促しますと、途端、十代君は神妙な顔つきで私の腕を掴みました。いよいよ私はわからなくなりました。夢の出来事が走馬灯のように過ぎります。私は初めて、今、生まれて初めて十代君に、神様に触れたのです。

「もうちょっと見たい。一緒じゃ嫌か。」
「そんなことないよ!」
「俺さ、お前に言わなきゃいけないことがある気がするんだけど、それは今既に伝えていい時期なのかがわからない。」
「う…ん…。」

よくはわからなかったけれど、この日はこれで解散となりました。また会ってくれ、と言われました。私はとうとうわからなくなりました。わからなくなりました。


 夕食の席に明日香の姿はありませんでした。私は不思議に思い、食事を殆ど残してすぐ部屋に戻る事にしました。

「明日香、ご飯は…?」
「要らないわ。」
「どうしたの?何かあった?」

明日香はいつものピンク色のパジャマ姿できちんとメイクされたベッドに横たわっていました。この間私が不注意で汚したシーツをひいていました。明日香からトゲトゲしい雰囲気を感じたので、これ以上は何も聞かないほうが良いと判断した私はシャワー室で今日の汗を流しました。あの強気の明日香が落ち込むなんて相当な事があったのではないでしょうか。明日香が愛用しているボディソープを泡立て、全身を優しく擦ります。最後に性器を洗います。ついでに膣内に軽く触れます。その時、はっとしました。「まさか、私の自慰がばれてしまった?」明日香も女です、よだれと膣液の区別くらいわかるはずです。私は、もしそうだとするとあのデュエル哲学の後部屋にこなかったのは、授業後こっそり休憩室で自慰する私を目撃してショックを受けたからではないでしょうか!シャネルの香水も、淫靡な私への当て付けだったのではないでしょうか!考え出すと止まらなくなり、私はシャワー室から出られなくなってしまいました。とても恐ろしかったのです。しかし、いつまでたってもシャワー室から出ない私を見計らってか、ガラス扉の前に私より少し背丈のある影が浮かび、戸
をトントンと叩かれました。明日香です。
「名無し…今日はシャワー長いわね」
明日香の声はとても低く、しかし憤りといった類のものは感じられない、落胆した時のような声色でした。

「そんなこと…ないよ。」
「長いわよ。恋でもしてるの。」
どく、と波打つ心臓を抑えました。
「怒ってる…?私のこと嫌いになった…?」
「とりあえず、出てきなさいよ。湯冷めするわよ。」
「え…じゃ、あっち行ってて…。」
「はあ?女同士でしょ?」
「わ…わかった。」

私はシャワー室のガラス扉を開き、素っ裸で明日香と対面しました。明日香の背後には大きな鏡があり、私羞恥で真っ赤になった姿を映していました。
それでも私の脳裏には明日香のベッドでの自慰行為の興奮が蘇り、水滴とは違うもので性器を濡らしました。こんな屈辱はないと思いました。こんな時十代君がいれば、きっと私を救いと贖罪に導いてくれたに違いありません。私は悪なのです。先天的に、悪なのです。だから許して欲しかったのです。十代君なら全てを許してくれると信じていたのです。

「今日、どこにいたの。」
「え…?どこって…実技の授業でしょ?」
「その後よ。」
「十代君と…いたよ。」

その言葉をきくと、明日香は目を閉じて黙りました。そのうち明日香の大きな瞼から雫が溢れ出てきました。私はぎょっとしてバスタオルでそれを拭おうとしたら、「やめて!」と振り払われてしまいました。私はひどく傷つき、放心しました。明日香に嫌われるのがとても怖かったのです。辛いのは明日香のはずなのに、何もわからない私は図々しくも涙を滲ませてしまいました。

「私見たの。十代と名無しが二人っきりで浜辺で夕焼け見てるの。」
「え…?」
「あそこの崖の下の岩場で夕焼け見るとね、そのカップル幸せになるって前に教えたじゃない。」
「あ…違うんだよ!」
私は裸であるのも忘れ明日香の肩を揺らしました。
「何も違わないわ!私今日、十代と図書室で会おうって約束してたのよ!」
明日香が私を突き放しました。私が目を見開くと、明日香の大粒の涙を零す瞳と目が合い離せませんでした。
「ごめんなさい…多分あなたに当たることじゃないんだわ。でも知って欲しかった。それと嘘はつきたくなかった。そしてちょっぴり…憎かったの。」「あの…え…あの…今日…。」
「何?」
「昨日…明日香お茶会こなかった…。」
「…十代と会っていたの。」
「そっか、あ、そろそろ消灯時間だよ。寝よ、」
「はぐらかさないで最後まで聞いて欲しいの!」
その場を逃げて全てなかったことにしようとする私を明日香の腕が遮ります。私はただただ涙が止まりません。

「私、あの日、十代とセックスしたのよ。」




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -