(1/2)便座にしがみつく私の姿はきっと滑稽だ。しかし昼に食べたペペロンチーノと付け合わせのチョリソーまで出し切ってしまっても、私の脳髄やらどっかはそれを理解せずに私に吐き気を促した。気持ちが悪いのだ。奥から流れ続ける胃液の酸臭のせいで涙が滲んだ。

うヴぅうぉえヱぇ………うぇエぇうぉえぁァ………

十代なんて、嗚呼十代なんて嫌いです。あの柔らかそうなねっとりとした唇も、厭らしく甘くくねる腰の動きも、陰毛も唾も精子さえも全部、全部腐敗してしまえばいい。陰茎を切り取って刻んで食べてしまえよ。そしたらプラマイゼロなのに。

ぅぅう………ヴぉぇぇッ……ぅオぇえ………

彼は私に見せつけた。あんなキラキラした笑顔を振りまいときながら、鈍感を装って私を痛めつける、彼の名は遊城十代。姑息な嫌がらせで精神に深く傷を抉る。それは彼の快感となり自慰となった。そんなのは分かり切っていることなのに。

一番どうしようもない愚かなのは私。だってどうしたって何されたってあの遊城十代を愛してるから。彼は魔法使いで、これは解けない呪いか何か。そう考えたほうが、大分マシだった。




午後ルードヴィヒ






あれは放課後になってすぐのことだった。十代に呼び出しを受けた私は女子寮の一室の前に佇んでいた。怪しいとは思った。しかしそれよりも、呼び出しをされた事に私は歓喜していた。

部屋からは喘ぎ声が聞こえた。耳を澄ますと、知り合いの女子生徒と十代の声だとすぐに分かった。そう、罠だった。その時点で既に私は顔面蒼白。しかし、私は人間である前に愚かな精神マゾヒストだった。ああ思い出したくもない!静かに手をかけ開けたドアの隙間から目撃した、あの汚らわしい行為の一部始終を…。

ぅオええぇエエエェェェェえ………

強烈な吐き気が私を襲った。胃からこみ上げてくるパスタに溺れそうになる。手を当ててすぐさまトイレに走り出し…分かるでしょ?私は内臓まで出てしまうんじゃないかと思うほど吐いた。出る物が無くなっても吐き足りなくて、手をタコにしてそれを突っ込み無理やり嗚咽を出した。

憎らしかった。私の気持ちに気付いてる十代も全て。私の儚い恋心を自分の良いように弄んでいるのだ。これで証明されてしまった、私は十代にからわかれている。消えたい。泡となって塵となって跡形もなくなってしまいたい。十代の、あの女の為に試行錯誤して動く体。女の弛んだ肉も醜い乳房も、豚のように鳴く声さえも私を不愉快にした。

堪えきれない胃液を口端から垂れ流しつつも便器にしがみつく私は、トイレットペーパーで再び口を拭う。
あの地獄絵図を思い返さないように、私はルードヴィヒの交響曲第九番喜びの歌のメロディーを口ずさむのだが、その抵抗も虚しく、思い出したくない出来事ほど鮮明に頭に焼き付いているものなのである。何度かき消しても浮き上がってくるそのイメージに私は気が狂いそうになる。腕に爪を立ててみる。知恵熱が出そうなくらいの強い頭痛がする。壁の白いタイルに制圧される。私は今、彼のことを思えばこそ身勝手だと知りながらも、ひどい悲しみに暮れていた。

言っておくけれどここは女子寮の個室トイレです。鍵はしっかりかけてあり現在の時間帯的にも人が寄り付くことはありません。

しかし見上げれば既に、十代は私を見下ろしているのだった。恐らくバケツかなんかを踏み台に積んで。彼は、どちらかというと険しい表情で静かに私の嘔吐物を眺めていた。「あっ。」目線に気付いた私は慌ててそれを流した。ザージョボジョボゴボ…という流水音が静まり返った便所に響いた。
気違いだと思った。ドアにしがみつきながらも十代の目線は未だ嘔吐物のあった便器に定まっている。その顔があまりにも真面目だったので思わず顔が熱くなる。こんな事はおかしいと理解してはいるのにその反面、十代に構ってもらえて嬉しい自分がいる。とても奇妙だと思う。
私が十代のせいで瞼を腫らした夜なんか数が知れない。以前であればそういった事を思い返せば、十代からの精神的苦痛を伴う嫌がらせなんてむしろ愛情表現に思えた。検尿を私の夕食のスープにぶちまけるだとか、精液をかけたドローパンを砂糖がけのドーナツだとか言われて食べさせられるだとか。(食べなかったけど。)とにかく十代に出会ってからというもの、沢山の嫌がらせをされてきた。しかし恋する私はそれに耐えた。むしろ喜べた、近頃までは。最近の十代はおかしい。元々おかしいけれど、それを上回る程おかしいのだ。嫌がらせがエスカレートしている。当初の可愛げなどはこれっぽっちもなく、今ではただ私を泣かせる為だけに勤しんでるようだった。好きな子程苛めるとか、そんなんじゃないの。私だって最初はドキドキしていた。しかしそんな期待もいつしか消え失せていた。年月が二人を変えたのかも知れないし、もしかするとそうじゃないかも知れない。それでも私はいつかくる終わりの日まで彼を受け止めていたかった。こういう話の結末には必ず幸福が約束されてるのだと、私の仄かに残る恋心が告げたのだ。御陰様で、裏ではマゾヒストと呼ばれるようになりました。

結局私の決断なんてのは脆く弱いものだったのかも知れない。だって先程の生々しい性交を見せつけられてからというものの、私の中の調律が狂い始めているのだ。ルードヴィヒが、うまく歌えない。

脳内のどこかが静かにショートしたみたいな、そんなものが私に強烈な吐き気と矛盾を催させた。


十代はそのギョロ目をゆっくりとしたペースで私に移し替えた。二人は見つめ合う。私の胸は期待と疑問と憎悪と罪悪感とで張り裂けそうな危険な状態だった。投げ掛けられる言葉によっては舌を噛み切って自決する覚悟だってある。だって私は、悲しい程に純粋に彼が好きなのだ。


「…大丈夫?」
「あっ…あ、うん」


そうなのだ。彼は沢山私に嫌がらせをしてきた。嫌がらせとは言い難い程最低の事をされた。皆は十代が変人だってわかってるからそれを咎めたりはしなかった、というか関わりたく無かったんだと思うけれど。
でも。彼が言葉を使って私を傷付ける事は一度もなかったのだ。


「何してるの…?」
「いくら待っても名無しが来ないから、探してた。」
「あ、ありがと。」
「どーいたしまして。」


にこにこ笑う。騙されちゃいけない、けれど今の私は無力だ。私は"裏切られたのは自分だ"とでも言いたいのだろうか。何に関心を持てば良いのか分からなくて、彼から目をそらしてしまう。

彼への熱烈な信心だけが抜け落ちたみたいだった。それは私にとってとても冷たい事件だった。

でも呪いだけは解けないのだ。私の心臓に蔓延りついてとれそうにない。それは昔よりずっと痛く私を苦しめた。
私は、十代が好きなんです。とっても清く、澄み切った湖のように甘く。

しかしこれは、彼の全てを許し信ずる類の愛では決して無かった。私は聖母にはなれない。そんな自分を不甲斐ないとすら思う。また吐き気がした。


「背中さすってやるからこっちこいよ。」
…分かった。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -