「俺の滑り、どうだった?」
「あぁ、とても綺麗だったよ」
「本当に?」
「嘘をついてどうする?」
疑わしそうにした後、彼が破顔した。
嬉しそうに小さく拳を握ったのが見えて、私まで嬉しくなった。実際に空を飛んだわけじゃないし、滑ったのは私でもない。だが、彼の滑りは確かに私に空を思い出させたのだ。
だが、彼の表情はすぐに曇った。そして、仕切りの上で頬杖をついて視線が沈む。
「…俺が滑るのはこれが最後なんだ」
小さな、今にも消えそうな言葉。
「どうして?」
「高校の頃は全寮制だったから生徒会の仕事が忙しくても週末に抜けてきて滑れたんだが、…大学にもなると会社を手伝わなきゃいけなくなって、もう時間がなくなると思う」
高校とか、大学とか、聞いたことのない単語。
彼は時間がないと言ったが、それは嘘だと思った。だって、時間とは用意しようも思えば必ず用意できるものであって、こんなにも自由な鳥が自ら氷上の空を手放すとは思えなかった。
「それだけかい?」
「…いや、」
彼の言葉が途切れた。
「両親が、…俺にアスリートの道に進んでほしくねぇらしい。それよりも会社の社長を継いだ方がよっぽど立派だって言い張って」
「そう」
「俺も社長になるのを覚悟で高校でも生徒会長とかやってきたんだが、いざスケートを諦めるとなると、…悔しくてたまんねぇ」
唇を噛んだのが見えた。
クシャ、と彼は艶やかな前髪を握り締める。その手が小刻みに震えていた。心から悔しそうに、寂しそうに、諦めたくないと声なき声が叫んで、私の心に深く鋭く突き刺さる。
空を奪われた鳥の、翼をもぎ取られた鳥の気持ちは私が痛いほどよく分かっている。
彼にはそんな思いをしてほしくなかった。
初対面、しかも名前も知らない彼の滑りを何分か見ただけの私に、こんな発言をする権利はない。だが、気が付けば思いは声となって、言葉となって、冷たい氷上の空気を震わせていた。
「滑り続けてほしい」
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王には世界を守る義務がある。
そして、俺にとっての世界は君である。