とりあえず、人か聖獣を探すべく、私は近くの建物に入った。見慣れない建物の中に人はいなくて、ドアを開け、廊下を進んでいく。
しばらく歩いた先は広場のようになっていて、だが、その地面は白い氷となっていた。
私が立っているのより低い場所。
広い楕円型の氷の広場は空間の中心であるかのように目立つ。席はたくさんあるが、観客はいなかった。静寂の空間。だが、私は息さえも止まりそうなほどの衝撃を受けた。
氷の上に、美しい鳥を見た。
(綺麗だ、)
本来純白の氷はスカイブルーの照明に照らされ、晴れ渡った空のようで、そこで滑っている人物はまさに翼を持った鳥だった。
しなやかな四肢。程よく筋肉のついた腕は飛び立つ瞬間の鳥の翼のようで、次の瞬間、彼は本当に跳んでいた。飛んでいた。長い脚が氷を蹴って、その回転に目を奪われてしまった。
そして、安定した着地。
整備された氷の上に残る彼が滑った跡は鳥の軌道のように、ジャンプに伴って空を舞った細かな氷の欠片はキラキラと輝く。彼の周りの空気すら輝いていて、雲の中にいるようだ。
脚を振り上げた一瞬だけ輝いたシューズのエッジ。氷上を自由に舞う彼は風を切り裂き、今の私と同じ漆黒の髪が風圧で揺れる。
息を殺してやっと聞こえる小さな音。エッジが氷を削る音、風を切り裂く音、飛ぶ直前の加速する音、そして、彼の呼吸音。
そこが世界から切り離された聖域だとするなら、彼はまさにそこに君臨する王者だ。
(あぁ、羨ましい)
私はもう飛べないのだろう。
虎の姿になれないということはきっと私は聖獣ではなくなり、空と翼を失った。
私は空を翔けるあの感覚が好きだった。愛していた。風として翔け、鳥達と共にあの広大な空を自由自在に飛び回る感覚が。
命が残っていただけマシかもしれない。だが、空を奪われた私は悲しかった。愛する空を、自由な翼をなくした私はいつの間にか顔を顰めていたようで、ついに彼が私に気付いた。
美しい鳥は脚をとめ、見上げてきた。
「おい、お前」
「えっ、わ、私か?」
「お前以外に誰がいる?つか、俺が貸し切りで使ってんだけど?…まぁいい。見たいならアリーナに降りてきて、近くで見ろ」
「…いいのか?」
「俺のスケートを見て、んな情けねぇ顔されんのは癪に障る。マシな顔はできねぇのか?」
それが彼と初めて交わした会話。
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王には世界を守る義務がある。
そして、俺にとっての世界は君である。