私は責務を全うした。
長く、長く、それこそ時の流れに感覚が麻痺してしまうほど長く生きてきた後、危機に面した世界を救うべく闇の精霊をこの身に取り込み、そして堕ちる前に同胞に首を差し出した。
よく覚えている。天地を貫かんばかりの雷(いかずち)も、自分の心臓が止まる瞬間も。
痛みは感じなかった。
それは我が同胞が私にくれたせめてもの優しさで、だが、私が数千年という命に終止符を打ち、風の王が代変わりしたのは確実だった。
なのに、
「…ここは?」
この状況はなんなのだろう。
夜空の下、私は一人で佇んでいた。
濃紺色の空は見慣れた穏やかな色だが、私がいた場所とは違って明るかった。いや、明るいのは夜空じゃなくて照明だった。
博識の王と敬われてきた私ですら見たことがない照明で、それらは強い光を、あるいは色とりどりの光を夜空に放っていた。それらのおかげで夜にも関わらず昼のように明るい。
着ているのも見たことがない服だ。だが、視界の端で見える髪は白銀ではなく漆黒だから、私はきっと魔獣に墜ちたのだろう。
(ドラゴンのやつ、あれほどしくじるなと…)
わざと生かしたのだろうか。
あの同胞は確かに優しいやつだった。
(…だが、破壊衝動がない?)
人を、聖獣を殺したいとは思わない。
ここがどこか、果たして私は本当に堕ちたのか、考えても考えても答えが見つからない。私はついに困り果て風の精霊を呼ぼうとした。
(精霊達、ここはどこだい?)
返事かない。それどころか存在すら感じない。
(我が精霊達?)
おかしい。
空気が存在する場所には必ず精霊が存在する。それはここでも同じだ。なのに、風の支配者たる私が彼らの存在すら感じられない。
一瞬、体が冷える。考えられる可能性は二つ。ここは精霊達がいない場所、つまり別世界か、あるいは私が精霊を感じる力を失ったか。簡単に言えば、聖獣でなくなってしまったか。
(どちらもありえない!)
とりあえず、虎の姿になろうとして、
「っ、」
それも無理であることを知った。
風となり、世界の全てを見てきた私ですら知らない場所や機械。聖獣の姿になれなくなり、精霊の存在も分からなくなった私。
「まさか、」
二つの可能性が現実になった、と?
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王には世界を守る義務がある。
そして、俺にとっての世界は君である。