それから数ヶ月。
冬が去り、春がやってきた。
子供達は元気に育ち、エレナの体も回復した。だが、私とエレナの関係は疎遠になっていて、勿論、床を共にしたことも二度となかった。
彼女は優しい。私に笑いかけてくれるし、話も弾む。柔らかく垂れる目尻も、笑うと口元を隠す上品な指先も昔のままだったが、私と彼女の間には間違いなく見えない壁があった。
そして、今日、見てしまったのだ。
エレナと護衛として共に来た若い騎士が手を握り、見詰めあっているのを。瞳に浮かんだ感情に気付かないほど、私は未熟ではない。
20代も半ばを超えた私と、まだ19にも満たないエレナ。割と年の差がある婚姻。
(…手放そうか)
まだ若い彼女には自由に生きてほしい。
夫としてではなく彼女と共に成長してきた兄として、そして、彼女ではない最愛の人を失い、片想いの破れた人の男として、彼女にだけは政略結婚で愛しい人を失ってほしくなかった。
エレナに愛する人がいないなら、仕方なかったのかもしれない。だが、愛しさの溢れる眼差しを見た瞬間、彼女を逃がす決意をした。
「エレナ」
「おやめください、陛下ッ!」
「お兄様、罰は私にください…!」
「荷物をまとめて、夜のうちに城の裏門から出て行きなさい。明後日の朝には王妃エレナが急病により死去したと発表しよう」
「っ、」
「安心しなさい。お前がいなくなっても北の国にはちゃんと誠意をもって接するし、私達の子供も立派に育て上げると誓おう」
彼女と若い騎士がぽかんとする。
だが、すぐに瞳を潤ませては何度も何度も礼を言った。二人は互いを見詰めあって、想いを込めるように強く指を絡ませ合った。
(とても羨ましい)
かつて私にも愛おしい人がいた。
だが、彼が愛していたのは私ではなく、私を通して死んだ恋人を見ていた。彼の傍にいられるだけで満足するべきだったのに、貪欲な私は彼の心を手に入れようとして彼を失った。
寂しい。そして、エレナが羨ましい。
だが、妹を愛する一人の兄として、何としてもエレナには同じ道を歩いてほしくない。
「エレナ。結婚指輪、私のもあげるからもって行きなさい。私にはもう必要ないし、それなりの金になって、路銀の足しになるはずだ」
「…カルナダお兄様」
「さぁ、急ぎなさい」
「お兄様、エレナは指輪を売りません。何があっても売りません。あなたは私の最高のお兄様です。…どうかご自愛くださいませ」
彼女が私の手を両手で握る。
大きな瞳を涙で潤ませ、言った。
「エレナを愛してくださり、ありがとうございました。カルナダお兄様にもご幸運を」
[ 3/44 ]
prev /
next
[
mokuji /
bookmark /
main /
top ]
孤独が怖い、と君が怯えるのなら、
私は君と最期まで寄り添うと誓おう。