16.
「やられた…」
負けるつもりなんて最初からなかったんだ。
全く気付かなくて、手で顔を覆い隠したが、苦虫を噛み潰したような苦々しい表情は隠せていないだろう。はぁ、と重たくて長い溜め息が出た。
小憎たらしいそいつはしてやったりという得意気な顔をしていたが、約束は約束だ。
「ワイン、なんでも好きに頼め」
「やりぃ」
高いのを頼まれても仕方がない。
好きでもない相手に貢ぐなんて柄じゃないが、約束だから腹を括っていた。なのに、そいつはメニューを眺めるのではなく、磨かれた綺麗なグラスを二つ用意しただけだった。
そして、また俺が考えもしなかった言葉を口にする。本日何度目かの予想外だった。
「俺、ロゼが飲みたかったんだ。…だから、他のワインなんて頼まなくてもいい」
「はぁ?」
ポン、とコルクを抜く音がする。
グラスに注がれるワインを眺めていると、折角落ち着いたと思っていた思考がまたごちゃごちゃになって訳が分からなくなった。
「いや、お前らホストって飲みてぇとか飲みたくねぇとかどうでもよくて、高いものを多く貢がせるのが普通なんじゃねぇの!?」
普通、ここは飲みたくなくてもボトルを入れさせて貢がせる場面じゃないのか。というか、俺がたまたまアンティとして頼んだ酒がちょうど飲みたかった酒だとか、わざとらしい偶然だ。
だが、むすっとした表情を返された。
「飲みたくないんだから仕方ないだろう。もしかしてお前が飲み足りないのか?」
「違ぇよ!」
明らかに俺に気を遣っていた。
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