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優しい花の香り


「それじゃあコウさんの寿退社を祝って、」

「辻、寿退社じゃないから」

「かぁんぱーい!」

「いや、だから、違、」

あちこちから上がる乾杯という声に頭が痛くなる。

目頭を抑えながら思いっきり溜め息を吐いていると、じっと俺を見詰める五対の瞳が何かを期待するようにキラキラと輝いていた。

「お前達な…。…乾杯」

俺はホストを引退することに決めた。

慧と肌を重ねた次の日、仕事に行きたくない、離れたくないと駄々をこねる慧を辻が引きずって会社に連行し、俺も店に戻った。因みに辻は服を持ってきてくれたわけだが、何も言ってないのに服を持ってきたことに恥ずかしくて引きこもりそうになった。

で、いつものように接客しようと思ったが、首にびっしりと付けられた鬱血跡はガーゼで隠せるものではなく、その日は客を取ることを諦めた。その日だけじゃない。跡が消えるまでずっと、だ。

そして、鬱血跡が消えて、首筋が綺麗になる頃、また不思議なことが起こり始めていた。

客足が遠のくのだ。それも俺の常連客だけ。

他のホストの客に異変はない。不思議に思って調べてみると、俺に接客される女性達に嫉妬したどこかの誰かさんが次々と口説いて誘惑して落として、またフりまくっているらしい。御曹司様に失恋させられた女性達はホストクラブどころではない。

そのことで辻から苦情が来た。開店近くになると会社から逃げ出して女性達にお得意のハニートラップを仕掛ける、会社の会議があるのに、と。

苦情の一つでも言いたいのは俺の方だ。

そして、現行犯で捕獲した犯人の供述は、俺が他の奴に愛を囁くのが気に入らない、と実に俺の職業を清々しく無視したものだった。

これでは互いに仕事にならない。しばらく頭を悩ませたが、結局恋人に甘い俺はホストを引退することに決めた。いつか慧が言っていた通りになった。

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騙し合うこのゲームは、
本気で惚れた方が負けなのだ。