『新たなる風の王よ』
それは一番初めの記憶だったかもしれない。
今だから思い起こせる最初の記憶。
育った愛しい世界じゃなくて、そこに行く前の俺が生まれた世界。今、魂の底から愛している世界。俺が俺として生きる前だったけど、俺は確かにそこにいた。そんな曖昧な記憶。
『どうか私のわがままを聞いてくれ』
声の主が誰かは分からない。顔も見えない。だが、切実な声と、膜を隔てた向こうから俺に触れる手の温もりと、そこから流れ混んでくる魔力は今でもぼんやりと覚えている。
不思議な魔力だった。
強い光。それに拮抗する闇。
よく言えば穏やかな黄昏のような、悪く言えば混じり合わない二つを無理矢理混ぜ合わせた異物そのものの魔力だった。
『幼いあなたには酷やもしれぬ』
程よく低い声は懇願に染まっていた。
『だが、どうか、…どうか…!!』
本来ならば堂々と威厳があって聞いただけで人を従えてしまいそうなその声は、この時ばかりは僅かに震え、切なそうな響きだった。
『滅びに向かうこの世界に、清らかな風を吹かせてはくれないだろうか、』
彼が優しい人だとは知っていた。
声も、温度も、魔力も優しかったから。
だが、あの時凍えたように震えていた理由は分からなかったが、今なら分かる。
どれだけ努力しても果たせなかった目標に対する悔しさは、自分が愛する世界が滅びへと向かっていくのを眺める無力さは、どれほどのものなのか。俺にはこれっぽっちも見当がつかない。
それでも諦めずに願いを希望へと変えた彼は、やっぱり優しくて強い人なのだろう。
『この世界に残された一縷(いちる)の光を』
震えながら俺に懇願した彼の声が、
『託(たく)されてはくれぬだろうか…?』
夜の闇から聞こえる清らかな夜想曲(ノクターン)のように、すっと心の中に入ってきては、ずしりと重たく心を揺らした。
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王には世界を守る義務がある。
そして、俺にとっての世界は君である。