その時、闇がうごめいた。
いや、夜がうごめいたと言った方が正しいのかもしれない。それほどの規模だった。
ゆらり、ゆらり、と夜が揺れる。そして、俺の目の前で闇は急速に濃さを増していく。それに比例して膨大な魔力が放たれる。
この魔力には知性がある。なら、味方で間違いない。だが、その魔力は味方だとは思えないほど敵意に満ちた刺々しいものだった。
夜が凝縮し、姿をなす。姿を現したのは、
(う、…そだ、)
一言で言えば、犬だった。
だが、獅子ほどもある巨大な体を持つその雄々しい犬は頭を三つも持っていて、それぞれの口から鋭利な牙が覗いている。夜そのものである艶やかな漆黒の毛並み、だが、三対の目は禍々しい赤ではなく全て静かな黒色だった。
その目に浮かんでいたのは殺意だったが。
『…ケルベロス』
闇の王。
本の中でしか見たことはなかった。だが、一目で分かるほど、その風格は王に相応しかった。
彼が俺を見る。その目はなんの感情も明らかにせずに、強いて言うなら、ほんの僅かな切なさだけを滲ませ、静かなまま俺を見据えた。
『風か。…貴殿も既に知っていると思うが、これは私の責任でもある。だから、責任を取ろう』
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
だが、俺の反応を待たずに、それどころか考える時間すら与えてくれずに、ケルベロスが逞しい後ろ足で地面を蹴った。そして、そのまま近くにいた魔獣に食らいつき、首を食いちぎる。
責任を取る。
俺が考えているように、魔獣が本当に聖獣と闇の精霊が融合して暴走したものなら、これはケルベロスの責任なのかもしれない。
ならば、彼が考えている責任の取り方とは何か。それを理解するのに時間はいらなかった。
(魔獣を殺そうとしている)
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王には世界を守る義務がある。
そして、俺にとっての世界は君である。