story.1
書類を持ってきた、だなんてそんなことは会うための言い訳でしかなくて。もう何度だって踏み入った風紀室に入れば、奥にある一番偉そうなデスクに向き合っている恋人の目がやんわりと優しく細まった。
続いて頬が緩むのが見える。書類と睨みあいをしていた前屈みの体勢から起き、上等な椅子の背もたれに上半身を預ければ、ギシッと椅子が軋んだ。
そんな八尋の書類とファイルが奇麗に整理され、余計なものが見当たらないデスクの上に唯一見つけた異質なもの。それは数日前に俺がプレゼントしたマグカップで、俺のお気に入りのマグカップとお揃いのヒヨコの柄だ。
給湯室にでも置いておけばいいものを、時折不良が連れて来られる風紀室でも堂々と委員長にデスクに鎮座させてある。首を傾げた間抜けな表情をしたヒヨコを。
そして、八尋はこのデスクの前に生徒を座らせて事情聴収を行う。
「なぁ、それ俺が恥ずかしいからやめてほしいんだが、」
「え、このマグカップ?嫌だよ。見せつけてやりたい」
「誰にだよ」
「…とりあえず全員で」
はぁ、と溜め息を吐きながらデスクに近づく。
丸めた書類で八尋の頭を叩けば、ぽかん、と思いの外いい音がした。
だが、俺が書類をデスクに置いた一瞬、そのたった一瞬のうちに、八尋は視線を逸らした獲物に襲いかかる肉食動物のような俊敏さで俺の腰に腕を回し、グッと強く抱きよせる。
「ちょ、おい!!」
そうすれば、奴の方に傾くのは当然で、まだバランスが不安定なところを引っ張られて気付けば椅子を跨ぐような体勢になっていて、当然椅子に座っている八尋をも跨いでしまっていて。
至近距離、少し下から見つめてくるダークブラウンの眼が少し微笑む。そして、文句を言う前に唇に噛みつかれれば、舌の上にまで転がっていた不満も舌と舌を絡め合わせる水音に変わっていった。
やられっぱなしが気に入らなくて、口内を好き勝手に荒らす舌を割りと本気で噛んでやる。その痛みのせいか、八尋の体がビクッとわずかに跳ねるのを感じた。
恨めしそうな眼。ざまあみろ、と笑ってやった。
そこからは、もう主導権の奪い合いだった。
「んッ…、!」
俺は八尋の後頭部を押さえつけて動けないようにしながら、歯列を割って舌を入れていく。だが、八尋もそう簡単に入れさせてくれなくて、角度を変えて深く唇を重ねて隙があるなら入ってこようとする。
腰に回された片腕は離さないとでも言いたげで、頬に添えられたもう片手は心なしかいつもより少しだけ熱を持っていた。
くちゅくちゅと水音が聞こえて、ザラつく舌と絡めあわせる舌が気持ちよくて、時折触れる八尋の歯にクラクラと目眩がしそうだ。
そして、頬に添えられた手が優しく髪を梳けば、もう白旗を上げた。その瞬間を見逃さずに一気に入ってきた舌。降参だ、と八尋の胸を叩いても、離してくれない。
腰に回された腕と後頭部を包み込む手は逃げ場を与えてくれなくて、貪るような、それでいてひどく優しい感情があふれたキスにただ溺れていた。
いつしか自分から求めるようになっていて。
その時、俺は八尋の目が一瞬だけドアの方に向いて、意地悪く笑ったことに気付かなかった。それほど夢中だったんだ。
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