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この男の目的は、何だ。
妹を大切にしているかと思えば、そうでも無いような言動を取る。政略結婚か?俺がこいつの義弟になっても、得は、
…………あぁ、
「色仕掛けか」
「と、言うと?」
とぼけるな、狸が。
「軍の総指揮権を持つ私を色に溺れさせ、貴方の妹、つまり、貴方の言いなりにしてしまおうとお考えか?」
「紀将軍、私はそのような…!」
「私の国への忠義を見下さないでいただきたい。残念ながら、たかが女の一人に現を抜かしたりはしない」
「ッそうか」
李陽舜が初めて見せた動揺。
そして、残った逃げ道も全て絶ってしまうべく、そこに畳み掛けて言った。
「それでも妹君が俺に本気で想いを寄せていると言うならば、妹君に伝えてくれ」
「何だ」
「私には愛する人がいる。想いは嬉しいが、彼(か)の人以外に関係を持つ気にもなれなければ、貴女に妾(めかけ)の辱しめを与えるつもりもない。すまない、と」
認めよう。俺は李凰を愛している。
それは紛れもなく友人以上の感情だ。
李凰以外愛したくないし、愛せない。けれど、いつまでの命か分からない俺があいつに想いを告げることなど不可能で。
なのに、諦めきれない。
愛しているのに、愛してはならない。だから、自分の中の想いに気付かないふりをしていた。その想いも、李陽舜と対話する間に認めざるを得なくなったけれど。
李凰の存在。
それがこの縁談を断った一番の理由。
「…承知した」
これでいい。
李陽舜の目的が俺の総指揮権であれば、首を縦に振ろうが横に振ろうが国への被害は免れないだろう。
逆に、本当に妹のためなら、俺が断る限りこれ以上押す理由はない。俺の意志は絶対に変わらないと容易く察するだろう。
この男も講和の命を受けているのだ。
ここで話を白紙に戻してしまえば、痛手を被るのはこいつも同じだ。
長い長い沈黙。静寂。その後に、溜め息。李陽舜が眉間を押さえていた。
「貴公は…、貴公は真面目なうえに一途だなぁ。妹が聞いたら悲しむやもしれぬ」
「すまない」
「分かった、講和をしよう。…ただ、これは個人的な興味なのだが、貴公の想い人とやらのことを聞いてみたい」
俺は、思わず眉間を寄せた。
それに気付いたのか、李陽舜が苦々しげな笑みを浮かべる。
「他意など無いさ。妹をふった腹いせにその方を害そうつもりはない」
言うつもりはなかった。
けれど、先程の鋭さから遠く離れた笑みの穏やかさと、李凰に似ている目許に、俺は確かに気を緩めていたらしい。
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