A
「―――――っ!」
残念ながら、週末に大会を控える野球部の掛け声に書き消された。
明らかに不機嫌になった幼馴染みについ吹き出す。夕日だけのせいではないだろう赤く染まった耳が見えた。
「聞こえなかった」
「…あぁ、知ってる」
なーんて、本当は何言っているのか、分かっちゃったけど。
確かに声は聞こえなかったけど、唇の動きはちゃんと見えていた。
す き だ 、 ゆ ず き 。
それでも、いきなりキスされた仕返しに俺は意地悪するんだ。いや、本当は玲の声が聞きたいんだけどね。
だから、
「何?もっかい言えよ。気になる」
「はあ?」
「仕方ないだろ。俺、本っ当に聞こえなかったんだからさぁ…」
すると、再び優しく抱き締められる。
耳許で溜め息を吐くのが聞こえた。ワガママを許してくれる優しい玲が好きだ。…もちろん、友達、として。
だが、今まで無いほどの密着に心臓がドクドクと速くなっていて…、俺の本当の気持ちにも気が付いた。
俺は、優しい玲が好きだ。
恋愛、として。一度気付いてしまえば、もはや後戻りは出来なくて。友達にはもう戻れないだろう。それでも構わない。
俺は自分から玲の背中に手を回した。
玲の告白する声を聞こうと瞼を閉じるが、次の瞬間、鼓膜を揺らした台詞に俺は本気で驚いた。まさか、
「愛してる」
そんなことを言うなんて。
横目で玲を見れば、まるでしてやったりとでも言いたげな得意顔。
そのまま俺の首筋に頭を埋め、きつく吸う。数秒の後、リップ音と共に離されたそこには、痕が付いているのだろう。
だが、愛しい人の満足げな表情を見れば、文句を言う気にはなれなかった。
「俺んち来いよ」
「掃除は?」
「んなのサボっちまおうぜ」
「…バレたら責任とりやがれ」
「お前こそ俺を煽った責任とれよ」
「……いいぜ?」
高校にも慣れ始めた一年の六月。
少し埃っぽい準備室の中で燃えるように真っ赤な夕日を浴びながら囁かれた言葉を、俺は絶対に忘れないと思う。
この後、玲の部屋に言って聞けば、怒っていたのは俺の無防備さに対してだったらしい。全く、過保護な奴。
その後は、二人でご飯食べて、二人でシャワー浴びて、貪るようなキスをして、それから…。あぁ、この先はダメだ。
この先は俺と恋人の秘密だから。
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