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D

 この学園に体育倉庫はたくさんあるが、それの全ては現在使われているもの。それ以外に、離れた裏門に近い古びた小屋だけは老朽化で使用禁止になっているが、元は体育倉庫だったことはある程度有名だ。

 制裁に向いていることも。

 心臓が不穏に鳴り出す。和紀が襲われていたらどうしよう。間に合わなかったらどうしよう。初めて会ったのも、街で絡まれていたのを偶然助けた時だった。

 気持ちが急(せ)くばかりで、足に自信はあるのに今日はやけに遅い気がした。放課後だったこともあり、人が多くて思うままにスピードが出せないのもある。

 伝う汗は、ほとんどが冷や汗だった。

「東郷ッ!!」

 漸く、…漸く旧体育倉庫に着く。

 鍵をかけられた中からは音一つ聞こえない。一気に体温が降下する。舌打ちする時間すら惜しくて、急いで鍵を壊そうとした俺の前で、そう、心配する俺の前で、

 扉は、凄まじい轟音を響かせて、鍵どころか蝶番すら吹き飛ばす、実際、全てが吹き飛んだ勢いで蹴破られた。

 バタン、と僕の一歩前に倒れる。

 埃っぽい薄闇の中から嫌そうに鼻先で右手をヒラヒラ振りながら、不機嫌そうな表情で出てきたその人は、

「あ?なんだよ、そのザマ」

 傷一つ無く不遜な態度をしていた。

 つまり、無事だった。

 無駄足でも構わない。無事だった事実だけで、救われた気がした。

「汗だくじゃねぇか」

「はあ、…はァッ、っ…!」

「おい、竹崎?」

「無事で、ッよか…た、」

 東郷はただ訝かしげに片眉を上げた。

 僕はそれが仕方無く愛しくて緩く笑みを浮かべた。未だ乱れている息を深呼吸して整え、湿った前髪を掻き上げる。

 唖然とした東郷の顔立ちは確かに色っぽいものだったが、雰囲気は一年前と何も変わらない彼の優しいもの。

 確信は、持てた。

 それでも僕は嘘を吐くんだ。

 今更会う顔も無ければ、役員仲間という最後の繋がりを失うのも怖い。臆病な心が上げた悲鳴は、いつもの笑顔で殺した。

「閉じ込められたって聞いたからさぁー、暗闇にプルプル震えて怯えてる姿を見に来たのに…、あーぁ、残念」

「わざわざ走って、か?」

「…そうだよ」

 ヘラリとした笑顔は得意な筈だった。

 なのに、どうして、

「…なぁ、竹崎」

 そんな泣きそうな顔をするの――…?

「いつから知っていた?」

 ――――あぁ、…あぁ。

 君はもう、気付いていたんだね。

 その瞬間、僕は東郷に背中を向けた。自分の苦々しい表情を見せたくなかったから。…嫌悪に染まっているだろう彼の表情を見たくなかったから。

 風が吹く。凍えるような風だった。それに雪まで降ってくるから、ますます一年前のあの日に似てくる。

 どうやら僕は真冬とは相性が合わないらしい。二回目の離別も冬だなんて。

「こないだのイチゴチョコ」

「…ッそうか、」

「安心して。迫るつもりは無いから」

 僕は、君を、愛していたよ。

「僕は会計を辞める」
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