C
なんとなく気付いていた。
僕だって馬鹿じゃないんだ。
東郷が和紀に似ていると感じたあの放課後から、可能性を潰すように東郷を避けた。けれど、皮肉なもので、気にしないようにすればする程、情報が耳に入る。
集まってきたものは三つ。
一つ、東郷は外部生。中学からの持ち上がりではなく、一年前に編入。
二つ、名家の出じゃない。圧倒的なカリスマを尊敬する派と、中流なのにトップに立つことを妬む派が存在する。
そして、三つ。
彼の名前は、東郷和紀、である。
そこまで知った時、驚愕よりも先に重たい溜め息が出たものだ。
興味が無いという理由で今まで拒絶していた情報は、簡単に手に入ったどころか、何より重要な鍵になった。
いや、なってしまった。
知りたくなかった。知れば、無様に彼を求めてしまいそうだったから。だから、僕はその可能性を否定することにした。
可愛い和紀と格好良い東郷は同一人物じゃない。転入なんて珍しくないし、名字だって違うじゃないか。偶然だ、偶然。
けれど、それにしては似すぎていた。
席を立つ動作、ペンの持ち方、好きな飲み物、疲れた時に出る癖。ふとした瞬間に多くの共通点があった。
もう見たくない、これ以上可能性を高めたくなくい。それが東郷を避ける理由で、実際、避けることができていた。
書類は部屋に持ち帰り、食堂に行く時間をずらす。それだけで、僕は一つ年下の東郷と会うことはなくなった。
…そう言えば、和紀も一つ年下だった。
また増えてしまった共通点に舌打ちさえしたくなる。いやだ。もう彼を傷付けたくない。…僕は和紀の行方を知らない。
それでいい。いいんだ。
なのに、五日目の放課後、俺の努力は無駄になった。きっかけはこの言葉。
「ほんと、身の程知らず。会長だなんて、竹崎様に任せればいいのにぃ」
「ははっ、あんな二流は閉じ込められて反省してればいいんだよ」
寮に帰る途中、東郷に会いたくないために人気の少ない廊下を選んで歩いていたら、空き教室から声が聞こえた。
高めの声が二つ、楽しそうに笑い合っている。その内容に僕は思わず足を止めた。ゆっくりと意味を反芻する。
“閉じ込められて”。
誰が、誰を、と理解出来たのと同時に、教室の扉を足で思いっきり開く。蹴破らないだけ耐えた方だ。バンッ、と乱暴にスライドされたドアの窓ガラスが震えた。
怒りを抑えることができなかった。
いきなりの出来事に驚き、顔面蒼白になっている二人を気遣う余裕もなく、靴音を鳴らして歩み寄る。
一歩進むごとに彼らが下がる。
「た、竹崎様ッ!」
「ねーねー、今の言葉の詳細、…僕にも教えてくれるよね?」
けれど、教室なんて広くはないもので、すぐに二人を壁際に追い詰める。
震えながら見上げてくる二つに甘ったるい猫撫で声で問うが、眼が冷えきっていたことは僕でも分かっていた。
「教えてって言ってるんだけど」
情けなんてかけてやらない。
あの子に、…和紀を害したんだから当然だ。もはや声から柔らかさが失われただけでなく、僕は意図的に睨んだ。
この時、無意識に東郷と和紀を同一視していたことに、自覚はなかった。
「ちが、これはッ、…ひっ!」
話を遮るように壁を蹴る。
全ての怒りと敵意をぶつけるように睨みを強めれば、白を通りこして青くなっている二人が蚊のように小さな声で、
「そ…倉庫…、旧体育…」
その言葉が終わる前に走り出した。
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