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第一印象は不審者
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楽しかった高校生活も今日で終わり、4月からは新しい土地でそれぞれの目標に向かって進み始める。
進学する者、就職する者、希望の大学に行くためにもう1年頑張る者――全国各地に散ってしまえば、また全員が集まることも難しい。
お調子者が多いレナのクラスで、最後の思い出作りに学校全部を使ったかくれんぼをしようという話が出たのは、ある意味必然だった。


「よーし、鬼決定!さっき言った通り、見つかったやつは鬼側に回ること、鬼は今日もらった花を持つこと」
「オッケー。じゃあ鬼は1000カウントよろしくー」
「1000!?多くね!?」
「そんくらいないと隠れらんないだろーが」
「1000秒多いって!飽きるわ!」
「じゃあ校歌を3番まで歌い終わったらでいいよ」
「最初から罰ゲームじゃん!」
「声に出せとは言ってない。ということでスタート!はいみんな隠れて隠れてー」


結局何秒猶予があるのかわからないまま、鬼を残してクラスメイトは散った。

* * *



レナは隠れることよりも遠くへ行くことを最優先に考え、校舎を出て第2体育館へ向かった。
この時点で既に数分経っていたが、鬼が来そうな気配はない。
これならゆっくりと隠れ場所を探せそうだ。

レナは重い鉄の戸を横に引いて中に入った。
体育館の中ではバドミントン部と卓球部が練習をしていた。
レナに気づいた数人に『おかまいなく〜』と手を軽く横に振り、ギャラリーへとあがる。

ただ隠れていただけなのではつまらない。
小さめの窓から外の様子を窺っていようという魂胆だ。

校庭を眺めながらレナは思い出に浸った。
サッカー部のパス練習も野球部のキャッチボールも、これで見納めかと思うと感慨深い。


『うわあいつ何やってんの』


桜並木に囲まれた外周をまわる陸上部の集団に、クラスの男子がちゃっかり紛れているのを見つけてレナは噴き出した。
ブレザーの上着を脱ぎ、代わりに陸上部のジャージを羽織っている。
後輩に借りたのだろう。
まだ肌寒い季節だというのに後ろを走ってる子が半袖だ。


『わー、先輩ひどーい』


早く捕まえてあげてくれというレナの祈りが通じたのか、ほどなくして校舎のベランダからその男子の名前を呼ぶ大きな声が聞こえた。
じゃんけんに負けた生徒ではない。――ということは、既に鬼が増えているということだ。
そろそろ隠れようかと考えていると、ポケットに入れていた携帯電話が鳴った。
画面には親友の名前が表示されている。


『どしたの?先生に怒られて中止にでもなった?』
「違う違う。レナ今どこ?」
『体育館だけど、なんで?』
「あ、えと……そう、暇だから一緒に隠れようかなーと思って。どっちの体育館?」


第2――と答えようとして、レナはハッとした。
彼女が既に鬼になっている可能性もある。
理由を聞いたときに口ごもったことを考えると、その可能性は限りなく高い。


『ごめん、電波悪いみたいでよく聞こえない』


レナは急いで電話を切り、ついでに電源も切ってギャラリーから降りた。
そろそろ出歩くのは危険と判断し、隠れ場所を求めて用具倉庫へと向かう。
ネットやカラーコーン、跳び箱などがごちゃっと置かれた奥に、半開きになっている古びたロッカーがある。
運のいいことに空っぽだ。
これ幸いとレナは中に飛び込んだ。

* * *



暖かくて静かで、しかも狭くて落ち着く空間で、何をするでもなくぼーっとしているうちに、レナは寝てしまっていた。
目が覚めて最初に感じたことは、こんなに広かったっけ?ということだった。
しかしそれをよく確かめる暇もなく、外から声がした。

鬼が近くまで来ている――

そう思って身を小さくしたのだが、どうやら違うようだ。
クラスがどうのというこもった掛け声が何度も繰り返されている。


『どこの部活よ』


妙な掛け声の大合唱に興味を持ち、レナはそっと隙間を開けて様子を窺った。


『……は?』


レナは自分の目を疑った。
古典的だが、目を見開いて瞬きを繰り返し、手で目を擦った。
ついでに頬も引っ張ってみた。
そのくらい目に入った光景はギャグめいていて信じられないものだった。


『誰あれ』


声を殺して言いながら、目でしっかりと違和感だらけの光景を観察する。
隙間の先には当然体育館倉庫に押し込まれた器具が見えるはずなのだが、正面に見えるのはハーフっぽい丸顔の少年だ。
気弱そうな顔をしているくせに、なぜか漫画のガキ大将よろしく棒切れを持っている。
さらにその後ろには、ずらっと同じような服装をした少年少女が並んでこちらを見ている。
赤毛ののっぽに、額に傷がついたメガネに、偉そうな金髪に……
どうみても学校の生徒――というか日本人――ではない顔ばかりだ。


『えーと?』


混乱する頭を傾けていると、別の男が視界に入った。
今度は大人だ。
皺の癖がついてしまっているスラックスによれよれのカーディガンというなんとも貧乏くさい格好にもかかわらず、こけた頬には無数の傷跡がある。
もちろんこんな鳶色の髪の男は学校に赴任していない。
どう見ても不審者だ。

それにしても外国人が子供連れでやってくることなどありえないだろうとレナが考えていると、ふとその男の目つきが鋭くなった。
そして急に戸が開いた。

レナはとっさに隅によった。
まず身をよせられるほどのスペースがあったことに驚いた。
そして目の前に突然別の男が現われ、さらに驚いた。
「ひっ」という空気を吸い込み損ねたような悲鳴がしたが、どうやらそれはレナの口から出たものではなく、丸顔の少年の口から発せられたもののようだった。
戸はすぐに閉じ、レナはまた隙間を開けて外の様子を窺った。


「り、リ、リディクラス!」


丸顔の少年が上ずった声で謎の言葉を発した。
さっきまで何度も聞こえていた言葉だ。
するとロッカーから出ていった――レナが入っていたのだからありえないのだが、そうとしか言いようがない――全身黒づくめの男が躓いた。
そして信じられないことに、手品よろしく一瞬で別人に変わった。

てっぺんに鳥の飾りがついたとんがり帽子。
レースで縁取りをしたドレス。
大きな赤いハンドバック。
背の高い女性に早変わり――と思ったのだが、よく見ると、先ほどの黒い男のままだ。

要は女装。
少年少女達からどっと笑い声が上がる中、レナは声にならない悲鳴をあげた。

気持ち悪い。
そしてありえない。
よその学校に来て何をしているんだこの人たちは。

レナはきっちりと戸を閉め、『今のは夢、今のは夢』と念仏のように繰り返した。
もう一度開ければ、きっとあの体育館倉庫に戻っているはずだと強く念じ、胸の鼓動が収まるまで何度も深呼吸をした。


『よ、よし』


意を決してレナは戸に手をかけた。
手触りが何か違う気がするが、気のせいだと自分に言い聞かせてゆっくりと押す。
戸はすんなり開いた。
ちょっとだけ開けた隙間の先に見えたのは、満月のような銀白色の玉だった。
謎の言葉がまたもや聞こえたような気がした。


『え、もう夜――っぶ』


慌てて外に出ようとしたレナの顔面に、何かが飛んできてぶつかった。
そのまま後ろに倒れこむようにロッカーに戻され、後頭部をしたたかに打つ。


『痛たたた……』


頭をさすりながら、レナは今日の運勢を思い出した。
確かランキング1位だったはずだ。
アナウンサーが“人生最高の日になるかもしれない”と言っていた気がする。

これだから占いは信じられない。
卒業式までは確かに思い出に残るいい日だったが、変な夢を見せられるわ、夢から覚めた途端に流れ球に当たるわで、ついていないにも程がある。
暴投した後輩に説教してやろうかとレナが八つ当たりを考え始めたそのとき、本日何度目かの違和感がレナを襲った。


『こういうの何て言うんだっけ。泣きっ面に蜂?一難さってまた一難?踏んだり蹴ったり?』


授業で習った慣用句だか故事成語だかを考え始めて現実逃避を計るが、信じがたい現実から遠ざかることはできなかった。
すぐ近くで、グルルルルル……という獣独特の低い唸り声が聞こえたのだ。

ついさっきまでは何もいなかった。
しかし確かに何かがいる気配がある。
しかもそれは十中八九大型犬だ。
レナは全身から血の気が引くのを感じた。


『ウソ、やだ、誰か助けて!』


すぐに逃げようとしたのだが、なぜか戸が開かない。
情けない声を出しながら助けを求めるて戸を叩き続ける数分が、レナにとっては1時間にも2時間にも感じられた。


『助けて!』


ようやく開かれた戸の先にいたのは、先ほどのよれよれ男だった。
しかし今のレナにとっては、相手が不審者だろうが夢の世界の住人だろうが構わなかった。
最大の恐怖から逃れるたびにロッカーから飛び出し、泣きながら助けを求めてその男にしがみついた。
男は例の謎の言葉を言い、獣をロッカーの中に閉じ込めた。


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