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噂の彼女
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※モブ視点


突然だが僕の上司の話をしよう。
名前はリーマス・ジョン・ルーピン。
イギリスで最も有名な狼人間だ。

狼人間援助室の室長として僕らをまとめながら、ときどき闇払いとしての仕事にも借り出されている、凄腕の持ち主。
かつてホグワーツの教師をやっていたというだけあって指導力もあり、誰からも好かれる笑顔とユーモアも持ち合わせている。

そんな彼は、いつもどこか哀愁を漂わせている。
きっと多忙な日々と面倒な体質がそうさせるのだろう。
満月が近づくと、傷痕が残るぼーっと空を見上げている姿をよく見かける。

それが、ある日を境に人が変わったように明るくなった。
いや、間違えた。
一見すると変化はないのだが、彼の周りを取り巻いている空気がふわふわとした、春の陽気のようになったのだ。


「何かいいことがあったんですか?」


気になって聞いてみると、ルーピン室長はいつにも増してやわらかい笑顔で「そうだね」と答えた。


「青い鳥が帰ってきたんだ」
「ペットですか?」
「宝物だよ」


にっこり答えるルーピン室長はやっぱりご機嫌で、首をかしげる僕を見て楽しんでいるようですらある。


「今度見せてくださいよ」
「そうだね、機会があったらね」


まるで見せる気がない言い方だったが、機会は唐突に訪れた。
きっかけは、ある日の昼休みに届いた省内連絡メモだった。


「室長、サクラという方が訪ねてきているみたいです」


メモを受け取った僕がそう告げるや否や、ルーピン室長は弾かれたように立ち上がった。


「今?どこに?」
「エントランスホールだそうです」
「用件は?」
「特に書かれていません。……どうします?アポイトメントを取るよう言ってきますか?それともここまで案内しますか?」
「いや、いいよ。私が行こう」
「……はい」


どことなくそわそわした様子が気になり、僕はこっそり後を追った。

* * *



ルーピン室長は、ホールの真ん中にある噴水前で若い女性と話していた。
外国の人だと思う。
ずいぶん親しげな様子だ。

悪いことだとは知りつつ、僕は誘惑に勝てず、声を拾える距離まで近づいた。


『――でね、ハーマイオニーからあんまり食べてないみたいだって聞いたから、お弁当を持ってきたの』
「わざわざ?仕事はどうしたんだい?」
『休み。ということで、はいどうぞ。ってか、もしかしてもう食べちゃった?お呼びでない?』
「いや……でも慣れているから、昼くらいなくても平気なのにな……」
『慣れてること自体が平気じゃないの』


ポリポリと頬をかくルーピン室長に、小さなバッグを押し付ける女性。
熱狂的なファンにしては、本人を前にやけに落ち着いている。
ルーピン室長も気を許しているようだし、眉を下げてはいるがどことなく嬉しそうだ。


(もしかして、あの人が?)


大勢の人があくせくと行き交うエントランスホールで、2人の周りだけおっとりとした時間が流れていることに僕は気づいた。
そう、あの、ポカポカとした陽気だ。


「今の、彼女さんですか?」


僕は戻ってきたルーピン室長を捕まえて聞いてみた。
ルーピン室長は覗き見した僕のマナー違反を叱るでもなく、「そう見えたかい?」と穏やかに微笑んだ。


「かわいいだろう?」


どこか得意気な様子で、机の上にお弁当が広げられていく。
パッと目に入った黄色はオムレツのようだ。
小さな星型のチーズがちりばめられていて、周囲には肉団子にウィンナー、それからたっぷりの野菜がある。
よく見ると、ブロッコリーとアスパラガスの森林に隠れているにんじんは、うさぎや鳥の形に型抜きされているようだ。


「わー、器用っすねー」
「ほんとだかわいい!」
「あげないよ」


集まってきた職員に釘をさし、もう1つの容器を取り出すと、そちらにはカラフルなビーンズスープが入っていた。
「スープジャーっていうマグル製品なんだって」とルーピン室長が説明してくれた。


「三本の箒で働いていたからね。料理は上手なんだ。……家庭科は3らしいけど」
「カテーカ?って何ですか?」
「家庭科は家庭科だよ」


クスッと笑って、ルーピン室長がオムレツにフォークを入れる。
まるで2人だけの暗号を決めた、付き合いたての学生カップルのようだ。


「どこで出会ったんですか?」
「んー、学校かな」
「まさか生徒さん?」
「いや。授業で使った洋箪笥から出てきてね……事故だったんだ。でも、そのまま監禁しているうちに仲良くなって……」
「下手したら犯罪ですねそれ」
「ははっ、立派な犯罪だね」


嘘とも本当ともつかない口調で馴れ初めを話していたルーピン室長だったが、弁当を食べ終わると同時にすっと眉を下げた。


「本当に、私にはもったいないくらいいい子だよ」
「そんなことないですよ。お似合いでしたよ」
「はは、ありがとう。そのうち気が向いたら紹介するよ。前向きで、明るくて、からかうと面白い子なんだ」
「へえ……?」


今、からかうと言っただろうか。
おもしろいと言っただろうか。

笑っているルーピン室長を見る限り、からかわれているのは僕のようだが、ルーピン室長をこんなふわふわにしたのが彼女なら、ぜひ直接会って話がしてみたいと思った。


「さて、それじゃ、私は闇払いの任務の方に戻るから後は頼んだよ」
「もうですか?昼休みはまだ30分残ってますよ」
「早く終わらせて、早く帰りたいんだ。これに詰めるお菓子を買って帰らないといけないからね」
「ああ、ごちそうさまです」


要は早く彼女に会いたいということだろう。

そんな理由で勤務時間は変えられるものではなかったが、誰も何も言わなかった。
誰もがルーピン室長にはそういう時間が必要だと思っていた。

彼の憩いの時間が、彼女をからかって遊んでいるときだと知るのはまだ先のこと。
狼人間援助室のメンバーは、働き詰めの上司を何も言わずに送り出した。

Fin.
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