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ヒーローの宿命(3)
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「さて、そろそろ時間だな」


ニタニタ笑った人狼の男は、リーマスが杖を拾っていることに気づいて眉根を寄せた。


「おっと。血迷うなよ人狼の英雄さん。俺は今すぐ咬んだっていいんだ」
「いいや、お前は変身するまで咬まない。人間のままでは殺傷能力も低く、完全に汚染することもできないからね」
「2度咬むことだってできる」
「それは不可能だ。お前がその子を傷つけた時点で、私がお前を殺す」
「おもしろい。やってみろ」
『ちょっとなに余裕ぶっこいてんの!?』


レナは焦った。


『よく見てよ!目がマジじゃん!あの人やるっていったらやるからね!?リーマスも落ち着いて!いくらなんでも殺すのはダメだって!』
「レナは黙っているんだ」
『あとで後悔するのはリーマスなんだから!そこまでわかっててこいつは挑発してるの!私は大丈夫!わかるでしょ!?』
「レナ、私がいいと言うまで君は話してはいけない。いいね?」
『――っはい!』

(こ、怖っ!)


リーマスの怒りっぷりは、かつてのセブルス・スネイプのようだった。
満月の日につながれているという状況が、余計にあのときを彷彿とさせる。
狂気じみた目に恐れを抱きつつ、真剣な姿がかっこいいなと場違いなことを思った。


「3つ数える」


リーマスが静かに言った。


「レナを無傷で解放しなければ、お前は死よりも恐ろしいものを味わうことになる」


いいね?という恐怖の念押しを、リーマスは狼人間に対しても使った。
目配せされた魔法使いたちが、戸惑いつつも杖を拾う。


「いち……」


狼人間の喉がゴクリとなる。
鎖を引き寄せられ、四方を囲む部下たちに緊張が走る。


「に――」


狼人間が口をあける。
合図を出すために左手を上げたリーマスと目が合い、レナが頷いた。


「さんッ」


リーマスの声と同時に、レナは変身した。

対象物を失った歯が、空中でかみ合わさる。
と同時にリーマスの手が振り下ろされ、いっせいに呪文が発せられる。
狼人間はその場に倒れ、ステンドグラスの前を青い鳥が舞った。

人質の安否を確認しに狼人間に駆け寄った魔法使いたちは、リーマスの横にレナがいることに気づいて驚きの声をあげた。

額に汗を浮かべたリーマスが、よくやったと部下たちを労う。
レナの肩に回された手に力が入り、今にも倒れそうであることを伝えた。
リーマスがこの後の指示を与えている間、レナはリーマスの体を支えるように腕を回した。


「ルーピン室長の彼女さんって、アニメーガスだったんですね」
「ん?なんのことだい?」
「だって今、鳥に変身しましたよね?」
「見間違いじゃないかな?」
「でも確かに……」
「そんなことより、君たちは早く魔法省に戻らないと。月が昇る」
「もしかして未登録の――」
「聞こえなかったかな?」


にっこりしたリーマスの目が笑っていなかったことを、レナは至近距離からはっきりと目撃した。


「私は今日、薬を飲んだかどうか覚えていない」


目が据わっているのは具合が悪いからではないことは、誰もがわかっていた。
哀れな部下たちが冷や汗をかき、目配せしあっている。

無言の会議の後、彼らは見なかったことにして仕事に戻ることを選んだ。
懸命な判断だと思う。


「では我々は先に戻ります」
「こいつは牢にぶちこんどけばいいですね?」
「報告書は明日デスクに置いておきますね」


狼人間に縄をかけた3人は早口で別れの言葉を述べた。
そして姿くらまし封じをかけられていたことを思い出し、焦り始める。
「まずい」「早くしろ」と言いながら、男をずるずると引きずっていく。
レナを抱きしめていたリーマスも、空を見上げながら「ああ、しまったな」と呟いた。


「仲間を脅してる場合じゃなかった」

(脅しって言っちゃったよ!)


リーマスは走り始めたが、間に合わずに教会の出口で変身を始めた。
レナは念のため鳥になった。


(大丈夫そう……かな?)


狼人間のアジトだったというのに、月が出ても遠吠えひとつ聞こえない。
瓦礫の中に佇むリーマスを見て、レナは変身を解いた。

* * *



『助けに来てくれてありがとリーマス。かっこよかったよ』


後ろから抱きつかれ、リーマスは驚いて声をあげた。
レナは化け物の姿をしたリーマスの腕を引いて教会に戻り、祭壇にかかっていたボロボロの布を取ってきた。
座り込んでいるリーマスの前で杖を振り、マントにして首にくくりつける。
されるがままになっていると、リーマスの腕を勝手に動かし、ポーズをとらせ始めた。


『人狼戦士、リーマスマン!変っ身!』

(……は?)


何を言っているんだろう、と思った。
マントだの戦士だの、子どもじゃあるまいし、狼人間を相手に変身をネタにして遊ぶなんて悪趣味すぎる。


『子ども達は喜ぶよ』


開心術はできないはずなのに、レナはリーマスの心を読んだかのような返事をしてきた。
そして、唸ることしかできないリーマスを相手に、1人で話し続けた。


(ヒーロー?私が?)


話を聞きながら、リーマスは絶句した。
レナが言う“子ども達”は、グレイバックたちに咬まれた子ども達のことだった。
狼人間でも過ごしやすい世界になるようにと努力はしてきたが、自分が普通に暮らすことがその子たちや親の希望になっているだなんて考えもしなかった。


『妬まれるのはヒーローの宿命だよ。あと、攫われたヒロインを救い出すこともね』

(どこからそういう発想が出てくるんだか……)


レナの考え方にはいつも驚かされる。
そしてその前向きさに救われる。


(レナのほうがよっぽどヒーローだよ)


助けられたのはリーマスのほうだ。
それに、攫った相手に啖呵を切ったり胸倉をつかんだりするヒロインなんて聞いたことがない。


(レナが開心術を使えればいいのに)


今の気持ちを言葉にすることも、キスをすることもできないのがもどかしい。
リーマスは爪で傷つけないように細心の注意を払いながら、小さな自称ヒロインを抱き寄せた。
『ちょっと待って』だの『先に服を』だのと騒いでいるレナに鼻頭をこすりつけて、その場に丸くなる。

変身してまで破れた服を取りに行って修復呪文をかけ始めたレナを笑い、「おいで」と呼びかける。
ただの唸り声にしかならなかったが、レナは畳んだ服を持ってリーマスの膝の上に収まった。

* * *



朝が来て、変身が解けてからもリーマスはレナを離さなかった。
おかげで家に戻るだけでひと苦労だった。
家についてからも、くまを作った顔でふらふらとレナの後ろをついてくる。
そんなに具合が悪いなら寝ていろとベッドに押し込んだが、ご飯を作り終えたレナが玄関に向かおうとすると追いかけてきて引き止めた。


「帰っちゃダメ」
『なんで!?』
「事件の重要参考人だから、取調べをしないといけない」
『ああそっか。じゃあ会社に連絡を入れるね。心配してるだろうし』
「もう送ったよ」
『いつの間に』
「レナがよだれを垂らして寝てる間に、かな」
『よだれ!?』
「冗談だよ」
『ですよね!寝てないもんね!』


こんなに体調が悪そうなのにからかうことだけはやめないのだから驚きだ。


「うん。だからちょっと寝よう」
『取調べは?』
「するよ。いつかね」
『ちょっと!ヒーローは嘘もサボりもダメ!』
「そういう英雄がいたっていいじゃないか」
『ダークヒーローってやつ?』
「誰の笑みが黒いって?」
『言ってない、言ってない!』


すっかりリーマスのペースだ。
蒼白い顔からは想像もできない力で捕獲され、ずるずるとドアから遠ざけられる。
が、寝室まで行く力は残っていなかったのか、リビングのソファに落ち着いた。


「いいんだ、私は駄目な大人だから」


自虐っぽく見せかけて開き直りとは、タチが悪い。
こんな裏の顔は子どもたち見せられないなと思ってため息をつくと、「レナにしか見せないよ」と心を読んだように返される。


「駄目でも、情けなくても、レナは私の側にいてくれるだろうからね」
『そういうところ、ほんとずるいと思う』
「安心して。レナをからかっているだけで、ちゃんと仕事もするから」
『わかってるからわざわざ言わなくてよろしい!』
「だって言えば言うだけ反応をくれるじゃないか」
『むっ』
「ほら、ね」


はははと笑うリーマスに文句を言ってやりたいところだが、本当に疲れているようなのでとりあえず黙って寝かせることにした。
その隙に一度着替えに帰ろうと思ったが、手をつかまれていて逃げられない。
うっすら目を開けて「行かないで」と弱った声で言うのは本当にずるい。


「これから私の家に住みなよ。前みたいに」


そんなことを言われても、いま帰らなきゃいけない状況は変わらない。
早く寝てくれないかなとぼんやり思っていると、「うんって言うまで離さないから」と脅すようなことを言ってきた。
頷いたら頷いたで、「うんって言っても離さないけどね」とニヤリとする。


(ダメだ、やっぱりリーマスはヒーローには向かない)

「じゃあ私は寝るから、時間になったらお姫様のキスで起こしてね」
『待ってなんかいろいろ間違えてるし時間っていつよ』


レナはすかさず突っ込んだが、リーマスは既に寝息を立てていた。
腕を引くと、簡単に抜けた。
だらんとぶら下がった腕をしばらく見つめたレナは、毛布を取ってきて横に座った。
腕を拾って中にしまい、その手を握って目を瞑る。

ずる賢いヒーローは口角をわずかに上げ、数時間後にヒロインの鼻をつまんで起こした。


Fin.
花丸→


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