一緒に暮らすようになってから、目に見えてリーマスの遠慮がなくなった気がする。
たとえば風呂上り。
リビングにレナがいることを知っているはずなのに、3回に1回は上半身裸のまま出てくる。
うっかりを装って目の前で着替え始めたりだとか、突然のバックハグだとかも日常茶飯事で、毎日振り回されっぱなしだ。
『り、リーマス!また!服は!?』
今日もまた、リーマスはパジャマのズボンだけを履いた状態でシャワールームから出てきた。
一応肩にタオルを引っ掛けているとはいえ、視界に映るリーマスの大半が肌色をしていることには変わりないわけで、早い話が目のやり場に困る。
『上もちゃんと着てから出てきてって言ったのに!』
「ああごめん。1人暮らしが長かったせいでつい」
『嘘ばっかり!前に居候していたときは、こんなハプニング1回もなかったじゃん!』
「そうだったかな。よく覚えてるね」
笑って誤魔化すリーマスに、反省の色はまったく見えない。
髪を拭きながら――つまり身体を覆っていたタオルが上にずれるわけで、ますます目のやり場に困る状態を作って――暖炉前のソファに移動してくる。
「私のような貧相で汚い傷だらけのおじさんの身体を見たところで何とも思わないだろ?」
なんていう自虐的言い訳つきでだ。
自然体でいてくれるのは嬉しいことなのだけど、リーマスの場合はレナの反応を見て楽しむためにやっている節があるから素直に喜べない。
「それとも見苦しいという意味かな?それなら気をつけないと――」
『貧相なおじさんに興味はないけど、リーマスには興味があるからダメなのっ』
「ははっ肉食系女子ってやつかい?」
『そんな言葉どこで覚えてきたの?』
「同僚がレナのことをそう言っていたんだ。面白いよね。人狼の私が草食で、人を噛むことがないレナが肉食なんて」
『面白くないっ』
まったく同僚は何を考えてるんだ。
狼人間であるリーマスが肉食だの草食だのと聞いて、自分の体質に結び付けないはずがないじゃないか。
リーマスの眉がわずかに下がったのを見逃さず、レナはこの話題を終わらせるためにシャツを1枚ソファに投げた。
『それ着てくれるまで口利かないんだから』
「わかったわかった。降参だ。私が悪かったよ。それじゃ私がこれを着る代わりに、レナが私の髪を乾かすっていうのはどうかな?」
何が「どうかな」なんだ。
条件をつけたのはこちらのはずなのに、どうしてリーマスから対価を要求されなきゃいけないんだ。
――なんていちいち気にしても無駄だ。
リーマスは昔からはぐらかすのが得意で、論点すり替えはお手の物。
選択肢を挙げるときは、大抵どちらを選んでもリーマスが得をするようにできているのだから。
『しょうがないなぁ』
しぶしぶ……なんてふりをしながら、タオルを持つ私は結構嬉しかったりする。
いつもは手を伸ばしてやっと触れる位置にあるリーマスの髪を思う存分わしゃわしゃできるなんて、こんな棚ぼたラッキーはない。
(わ。頭頂部見るの初めてかも)
リーマスの細くてふわふわの髪は、塗れるとぺちゃんこで、いつもよりずいぶん濃い色に見えた。
心なしか白髪も目立たない気がする。
髪を傷めないように気をつけながら分け目を探し、つむじを探し、『かゆいところはないですかー?』なんて美容師の真似をして遊んでいるうちに、ちょっとした悪戯心がわいてきた。
レナはタオルを頭の上に置き去りにし、ソファ越しに後から抱きついた。
「ん?どうしたんだい?」
『ふむふむ。バックハグってこんな感じなんだね』
「……レナ、まじめにやって」
怒っているような口調なのに、まじめにやれと命じているのが髪を乾かす作業なのだから笑える。
レナの頭の方が高い位置にあることも相まって、文句を言うリーマスがいつもよりずっとかわいく見える。
クスクス笑っていると、リーマスがため息をつきながら頭からタオルを抜き取った。
『あれ?ごめん、怒った?』
「いいや。怒ってはいないよ。でも――」
おもむろにリーマスが振り返り、あやうく鼻がぶつかりそうになる。
そんなつもりはないのだろうけど、至近距離での上目遣いにはとてつもない威力があった。
慌てて背筋を伸ばそうとするが、やけに真剣な緑色の瞳に囚われて身じろぎすらできない。
数センチ先でリーマスが目を閉じ、つられるようにレナが目を閉じた直後。
クシュン、という音と共に、リーマスの顔があさっての方を向いた。
『ご、ごめん。早く乾かさなきゃだね』
なんて紛らわしいんだ。
くしゃみしそうならそう言ってよ。
キスされるのかと思ったじゃん!
心の中で文句を言いつつ、赤い顔でタオルを取り返したレナは、作業を再開してすぐにリーマスの肩が不自然に揺れていることに気づいた。
手を止めてみても変わらず、引きつるように小刻みに上下している。
『……ねえ』
「うん?」
『からかったの?』
「なんのことだい?」
そう聞く声も踊っている。
間違いない。
いつもの仕返しをするはずが、まんまと返り討ちにあったのだ。
「ほらレナ、また手が止まってるよ」
『もうおしまい!』
「それじゃこっちにおいで」
カウンターが決まったリーマスは上機嫌だ。
クスクス笑いを隠すのをやめ、自分の横にあるクッションを叩いてレナを呼ぶ。
「ご苦労様。ありがとう」
そうやって、キスをして。
かわいい笑顔を見せればチャラになると思ったら大間違いだ。
どれだけ恥ずかしい思いをしたと思っているんだ。
もう半裸で歩き回りませんという確約をもらうまでふてくされ続けてやる。
と思ったのだが。
「明日は私がレナの髪を乾かしてあげるよ」
『いいの?やった』
レナはリーマスのひと言であっけなく陥落した。
だってなんだか、キスよりもずっと恋人同士っぽかったから。
「パジャマは着て出てきてね」と言うリーマスに『当たり前!』と返しながら、チューブトップの上にバスタオルを巻いて出てくるのもいいかもしれないと、懲りずに新たな反撃方法を考え始めた。