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ヒーローの宿命(2)
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「リーマス!落としたぞ!」


次の満月の夕方、ひと足早く帰るためにずらっと並ぶ通勤用の暖炉の1つに入ろうとしたリーマスを、アーサー・ウィーズリーが大きな声で呼び止めた。
何をだろうと思ってポケットに手を入れるが、なくなっているものはない。
アーサーはわかっている、という表情で近づいてきて、キョロキョロと周囲を見たあとで声を低くした。


「ハリーからの伝言だ。――ああ、たまたま廊下で会ったんだ。とにかく聞いてくれ、時間がない」
「よくないことのようだね?」
「ああ。レナが捕まった。例の人狼だ」
「……なんだって?」
「君の命と引き換えだと言っているらしい。だからか知らないが、対策室は君に秘密で事を進めようとしている」
「ありがとう。すぐに戻る」


リーマスは青ざめ、通行人にぶつかるのも構わずに走った。
性質の悪い冗談であることを願った。
しかし、部屋に飛び込んだリーマスを見たときの対策室のメンバーの表情を見れば、アーサーが言っていたことが嘘ではないとすぐにわかった。


「なぜ私に報告しなかった」
「ルーピン室長はもう退勤のお時間だったので……」
「そういう問題じゃない!」


リーマスは若い魔法使いを怒鳴りつけた。
初老の魔法使いに肩を叩かれ、なんとか冷静になろうと深呼吸をする。


「大きな声を出して悪かった。わかっていることを全て教えてほしい。それから闇払いには動くなと伝えて――ああ、我々だけで行く。今すぐだ」
「しかしルーピン、今日は満月だ」
「それまでに片をつける」


そうじゃないと、彼女が――。
最悪の結果を想像したら、いてもたってもいられなかった。
主に事務を担当している魔女の説明が終わる前に、リーマスは飛び出した。

* * *



レナはすぐに見つかった。
例の村の中央の教会で、ボロボロのローブを被った男に捕らえられていた。
前回捕らえ損ねた、グレイバックの腹心の部下だ。

要求は捕らられた仲間の解放。
遅れてきた3人の魔法使いと魔女に囲まれ、男はレナを盾にするようにして叫んだ。


「杖を捨てろ!」
「わかった。言うとおりにしよう」


リーマスは杖を床に置きながら周囲の様子を探った。

いくら人質を取ったところで、魔法を使えない1人の狼人間が、複数の魔法使いに勝てる要素はない。
初めは罠を疑ったが、今のところ目の前の男以外に気配はない。

となると、考えられるのはリーマスに対する見せしめだ。
要求をのむと言ったところで、ここに連れてこいとかなんとか言って、時間を稼ぐに違いない。
割れた窓から見える空の色が変化していくにつれ、リーマスの中に焦りが募った。


「この女が自力で脱出することは望まないことだ。知り合いの死喰い人に頼み、この建物に姿くらまし封じをかけてある」
「そして手錠、か……ずいぶんと手が込んでいる」


初老の魔法使いが言った。
時間を気にしているのは、彼らも同じだった。
静かに指示を待つ年長者とは違い、若い魔法使いと中年の魔女は、もうじき自分達の上司が使い物にならなくなることを不安がっている。


「さあ、英雄ルーピン!そこで女が咬み殺される様をしっかりと見届けろ!」
「やめろ!」


リーマスが叫ぶと、男は歯をむき出しにして笑った。


「やめてくれ」


リーマスは懇願した。


「恨みがあるのは私だろう。私を殺せばいい」
「ああ、もちろん殺すとも。だがそれはお前の絶望する顔を見てからだ」


男はこの状況を楽しんでいた。
月が出るのが待ちきれないといった様子で、舌なめずりをしながら空を眺めている。

瞬間、リーマスは雷に打たれたようになった。
目が合ったレナが、ウインクをしたのだ。


(何を考えているんだ?)


手錠でつながれて、真横に狼人間がいて、もうじき丸い月が昇るというのに口元に笑みを浮かべるだなんて、考えられないことだった。
その目をじっと見返し、ハッとした。
そして同じように口元に弧を描いた。

* * *



遡ること数時間。
昼休みの出来事だった。

また誰かが来ているという話で、ホールがざわついていた。
呼ばれたレナは、てっきりリーマスかと思った。
が、近づいてみるとまったく知らない人だった。

その男は継ぎ接ぎだらけの服を着ており、頬骨が目立つ顔にはいくつも傷があった。
その姿は、一時期のリーマスを彷彿とさせる。
「次々と新しい男を連れてくるなよ」というからかいに『違いますー!』と反論しつつ、声をかけると、男は血走った暗い目をレナに向けた。


「レナ・サクラか?」
『そうですけど……』


ニタっと歯をむき出しにした笑い方に、全身が粟立った。
身の危険を感じたレナはすぐにその場を離れようとした。
しかし、男がレナのみぞおちに一撃入れるほうが早かった。


「リーマス・ルーピンに伝えろ!」


悲鳴が響くホールで男は叫び、レナを担いで走り去った。


レナは廃墟に連れてこられた。
元は教会だったと思われるその場所は、ステンドグラスが割れ、オルガンはくもの巣で覆われ、壁に並ぶ彫像はみんなどこかしらが欠けていた。
地下へ続く隠し通路があり、かつてはここで狼人間の群れが暮らしていたのだと男は言った。


「あいつに壊滅されられた。あの……R.J.ルーピンに」
『それってもしかして、村を襲って制圧されたって話?』
「ああ。村を襲うことの何が悪い。俺たちの使命は、多くの人間を咬み、仲間を増やすことだ。それなのにあいつは……人狼のくせに、魔法使いの中でのうのうと生きやがって!」
『のうのうと生きてる?』


カチンときたレナは、自分が捕まっているということも忘れて男の胸倉をつかんだ。


『リーマスが何の不自由もなく生きていると思ったら大間違いよ!そりゃあなたたちだって苦労はしてるんだろうけど、リーマスだって大変なんだから!どれだけ苦悩しているかも知らないくせに、八つ当たりしないで!』
「苦悩?笑わせるな!」


男はレナの腕を払った。


「ピカピカの勲章をつけ、若い女を侍らせ、英雄気取りで偉そうに我々に説教を垂れておきながら、何が苦労だ。仲間面して、我々を窮地に陥れたのはスパイのあいつだ!」
『それが八つ当たりだって言ってんの。こんなことをして、復讐のつもり?かっこ悪!』
「威勢のいい女だな。なんなら先にひと咬みしてやってもいいんだぞ」
『やめて!』


飛びのいたレナと狼人間をつなぐ鎖が、ジャラっと音を立てる。
男はニタニタと笑った。


「ほら見ろ。理解があるふりをしたところで、自分が同じ道に堕ちるのは嫌なんだ」
『当たり前でしょ!私が咬まれたら、リーマスが自分を責めるに決まってるんだから!』
「そう――そうだ。自分たちに人権がないことを知っているからだ。魔法使いの中で生きることが不可能だと、あいつは知っている。それなのに、受け入れられているとほざき、我々の仲間をたぶらかしている!」
『ばっかじゃないの!?自分で自分の首を絞めてるだけだって気づかない?あんたみたいな人がいるから、リーマスみたいな善良な狼人間が苦労するのよ!』
「口には気をつけろ、女。自分の立場を理解しろ」
『理解してますー最悪ですー後が怖いですー』


あまりに腹が立ち、今すぐ逃げてやろうかとレナは思った。
手錠をされたところで、変身をすればすぐに逃げられる。

にもかかわらずレナがそうしないのにはわけがあった。
自分が逃げれば次は他の人が犠牲になるかもしれないという心配もあるが、それ以上に、リーマスが助けに来てくれることへの期待があった。

レナはリーマスが仕事をしている姿も、戦っている姿も見たことがない。
いつでも逃げられるんだし、せっかくだからこの機会に――と思った。


それが大きな間違いだったことは、すぐにわかった。
教会に駆け込んできたリーマスは顔面蒼白で、既に大いに自分を責めていることが見て取れたからだ。

すぐに変身してリーマスのところに行こうとしたが、次々と魔法使いがやってきて、それもかなわなくなってしまう。
あれよあれよという間にリーマスが自分の命を差し出すといい始め、レナは青ざめた。


(早まらないでリーマス!)


こうなったら周囲の目を気にしている場合ではなかった。
一刻も早くこの場を収めなければならない。


(変身するから!大丈夫だから!)


レナはリーマスを見続けた。
目があったところでウインクをして気を引き、伝われ、心を読めと念じる。
リーマスがふっと笑みを漏らし、ほっとしたのもつかの間。
事態はレナの予想とは少し違った方向へ進んだ。


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