ノクターン | ナノ ニコラス・フラメル
賢者の石[21/29]
 クリスマスの夜、ハリーは透明マントを被って閲覧禁止の書庫に忍び込んでいた。シンと静まり返った図書館で1人、ハーマイオニーに託された任務を果たすべく“F”の棚をランプで照らしていく。

(不死鳥、不死身……フラメルはどこだ……?)

 どの本も古く薄汚れており、タイトルが読める本の方が少ない。ハリーは仕方なくマントとランプを脇に置き、大体の位置に見当をつけて引き抜いた1冊を開いてみた。

 次の瞬間、ページが人の顔のように盛り上がり、耳をつんざくような悲鳴を上げた。慌てて元の位置に戻すが時すでに遅し。騒ぎを聞きつけたフィルチがやってきてしまう。ハリーは急いでマントをかぶり直し、図書館から飛び出した。


 どのくらい走っただろうか。暗闇を逃げ続けたハリーの目の前に、どこからともなくミセス・ノリスが現れた。鋭く目を光らせ、ハリーに向かって歩いてくる。

 ハリーはできるだけ静かに後ずさり、どこに繋がっているかもわからない角を曲がり――急ブレーキをかけた。突き当たりの廊下をサッと黒い影がよぎったのだ。

 最悪なことにスネイプだった。しかも1人ではない。クィレルも一緒だ。スネイプがクィレルを狭くて暗い廊下の壁に追い込み、睨み付けている。

(いったい何をしているんだ?)

 クリスマスの晩にふさわしくない光景に、好奇心が恐怖を上回った。どのみち帰るためには向こう側へ抜けなければならない。ハリーは耳をそばだてて2人に近づいた。


「し、知らない」
「私を敵に回したくはなかろう」
「な……なんのことかさっぱり」
「白々しい!」


 クィレルの声は小さく、いつも以上にどもっていてよく聞き取れない。対するスネイプは、攻撃的で危険極まりない様子で囁いている。


「お聞かせ願おう……あの子とあの石にどんな関係があるのか……」
「な、なんでそんなことを、き、聞かれなきゃ、い、いけないんだ」
「わかっているはずだ」
「わ、私はダンブルドアに頼まれて……せ、セブルスこそ……マルフォイ家のパーティーに連れて行くなんて……、教師としての待遇を越えている」
「向こうから申し出があったのだ。それに我輩はスリザリンの寮監――身寄りのないツクヨミの引率に最も適した人物だと思いますがね」

(ノアだって!?)

 驚きのあまり、ハリーの口から音が漏れてしまった。スネイプが振り返り、ハリーがいる空間に向かって手を伸ばし――あと少しだった。ハリーのマントはギリギリでスネイプの手を逃れ、スネイプはクィレルに向き直った。


「近々また話すことになるだろう。そのときまでにどちらの側につくのか決めておくことですな」


 結局何の話なのかはわからなかった。フィルチが現れたことで2人は離れ、禁書の棚に忍び込んだ者があることを聞くやいなや、すぐさま廊下を走り去った。


* * *

 それから数日、ハリーは2人の会話が気になって仕方がなかった――わけではなかった。あのあと逃げ込んだ部屋にあった鏡に心を奪われ、クィレルとスネイプの怪しげなやりとりのことなどすっかり忘れていた。思い出したのは、ダンブルドアにもうここへ来るなと諭され、気分転換に外に出たときだった。

 銀世界に点々と続く足跡を追ってふくろう小屋まで来たハリーは、小屋の中から鼻歌が聞こえてくることに気づいた。
 ハリーの知らない曲だった。繊細でどこか物悲しく、だけどワクワクもするような不思議なメロディーだ。

(誰が歌っているんだろう)

 そっと中を覗くとノアがいた。もっと聞いていたいと思ったが、ハリーに気づいたヘドウィグが騒いだことで歌は止まってしまった。


『ハリー?』
「やあ。……えっと、手紙を送るの?」
『うん。こんな機会じゃないとナハト飛ばしてあげられないから』


 ノアは小さな灰色のフクロウの足に封筒を括り付けながら言った。おそらく初めての配達なのだろう。ナハトと呼ばれた豆フクロウはまだら模様の胸を膨らませて自慢気にホーッと鳴いた。


「家族への手紙?」
『ううん。友達へのお礼状』
「それってもしかしてマルフォイ?」


 上ずったハリーの声に反応し、ヘドウィグがバサバサと翼をはためかせる。ハリーはヘドウィグを小屋から出してやり、雪の降り積もるホグワーツの広大な敷地をノアに並んで歩いた。


「パーティに招かれたんだって?スネイプに連れて行かれたんだろう?もしかして何か……脅されてるの?」
『まさか!』


 ノアが目を丸くして驚くので、ハリーはもう1つのことを思い出した。入学初日にハリーが断わったマルフォイとの握手を代わりにしたのも、ロンがスリザリンの悪口を言ったときに『私は好き』と言ってきたのも、紛れもなくこのノアだった。


「ああそっか、スリザリンだからか……」
『うん?』
「よくスネイプやマルフォイなんかと仲良く出来るよね」
『仲良くみえる!?』
「う、うん。それなりに」


 ついトゲトゲしい言い方になってしまったのに、ノアは怒るどころか喜んだ。


「君、ハーマイオニーとも仲がいいよね?どうやって仲良くなってるの?」
『ダイアゴン横丁と汽車で偶然会って……だから全然、普通。普通の友達。ハリー達に比べたら、ほんと全然。下っ端の下っ端です』


 いったい何の下っ端なのかわからないが、ノアは腰を低くし、両手を振りながら下がっていく。


「クィレルとは?」
『なんで突然クィレル先生?』
「この前――ううん、なんでもない」
『えっ、途中でやめないで気になる』
「えっと……2人が話しているのを見かけたから。偶然」
『質問をしていたときかな?』
「うん。たぶんそう。教室の前で……君、本を持ってた」


 ハリーはハーマイオニーがフリットウィック先生に質問に行くときの姿を思い浮かべながら言った。
 あの夜に見たことを言うわけにはいかない。ノアに話せば、ハリーが規則違反をしたとスネイプやマルフォイの耳に入ってしまうかもしれない。
 ハリーはまたねと言って別れ、ヘドウィグを薄い灰色の冬空に飛ばした。

(他に聞きたいことがあった気がするんだけどな)

 ロンやハーマイオニーと相談してから聞けばよかった。そのくらい大事なことがあった気がする。でもそれが何だったか思い出せなかった。思い出そうとすると、鏡の中で見た両親が、ハリーに向かって優しく微笑みかけてくるのだった。

* * *

(危ない危ない。ハリーたちとは必要以上に関わらないようにしないと)

 早足に寮に戻ったノアは、部外者として見守ることの難しさを痛感していた。どこで顔を合わせるかわからないということはもちろん、ずっとハリー視点で物語を見てきたせいで、つい昔からの友人のように接してしまう。

(私はスリザリン生。まだハリーたちとは数回しか話したことがない。馴れ馴れしいのは禁物、いや厳禁)

 舞台裏のスリザリン生と話すのと、スポットライトを浴びた状態の主役と話すのでは危険度も違う。気を付けないと、うっかり口走ったことが重大な変化をもたらしてしまうかもしれない。
 特に今はハリー達がニコラス・フラメルと賢者の石の関係をつかむ大事な時期なのだ。のん気にパーティに出たりヘドウィグのテーマを口ずさんだりしている場合じゃない。

(ずれがないよう慎重に見守らなきゃ)

 それから毎日ノアは図書館に通い、いざとなったら自分がヒントを出すつもりでクリスマスプレゼントのカエルチョコからゲットしたダンブルドアカードを持ち歩いた。

 しかし心配は無用だった。新学期が始まってしばらくすると、ハーマイオニーがロンとハリーの元に大きくて古い本を持って現れた。


「全然違うところを探させちゃったわ」


 ドカッと机に置き、ページをめくるハーマイオニーに、それを若干引き気味に見るロンとハリー――ノアが知っているとおりのやり取りが行われ、ほっと胸をなでおろす。

(意外と心配はいらないのかもね……って!)

 上機嫌で振り返ると目と鼻の先にセオドール・ノットがいて、心臓が口から飛び出るかと思った。


『こ、こんにちは』


 ノアのわざとらしい挨拶にセオドールは返事もせず、ひょろりとした体を本棚の影から突き出した。何を見ていたのかわかるとぴくりと眉を動かし、探るような目をノアに向ける。


『し、視察です。ライバルの。……か、カエルチョコについて調べてるみたいだから、恐るるに足らず、ですね』


 見るだけ見て何も言わないので、ノアは沈黙に耐え切れずに言い訳のようにベラベラと1人でしゃべり続けた。


『セオドールは何を?』
「……本を探していた。もう少し詳しいことが知りたくて」


 セオドールは本棚の先を覗くことをやめ、腕に抱えた2冊の本を軽く持ち上げた。上に乗っているのは“呪いのかけ方・解き方”だった。


『汽車で読んでた本?』
「そう。グレンジャーはいまいちだって判断したようだけど、とっかかりとしてはすごくいい本だ」
『へえそうなんだ』
「まず著者が全ての魔法を実際に試している。それから子供向けの本なのに使い道や注意点にすごくリアリティがある。著者自身が闇の魔術に興味があるからだろうね。かける側の思考を読むことは反対呪文をかけるうえで重要なことの1つだということを考えると、防衛術を学ぶ上でもとても参考になる」

(わぁ根に持ってるー)

 セオドールはまるでノアがハーマイオニーであるかのように少々攻撃的な口調で本のよさを語り続け、たじたじになったノアが『買って正解だったね』と言うと満足気に頷いた。


「……読む?」
『うんうんっ』
「そう言うと思った」


 遠慮がちに聞いたセオドールは、ノアが大きく頷くのを見て、ちょっとだけ嬉しそうに本を手渡した。

* * *

『そういえばどうしてみんな名字で呼び合ってるの?』


 寮に戻る途中で、ノアはクリスマスパーティのときから気になっていたことを聞いてみた。


『純血の人たちってだいたいみんな昔からの知り合いなんでしょ?』
「さあ、考えたこともなかったな」
『実はあんまり仲良くないの?』
「どうだろうね。マルフォイなんかは家の名前を使うことで上下関係を示したいんじゃない?」
『セオドールは?』
「興味ない」


 さも当然のことのようにセオドールは言い切った。


「他人にあまり興味がないんだ。深入りしようとは思わない。面倒事が増えるだけだ」
『わぁクール……』
「君もそうだから1人でいることが多いんじゃないの?」
『私はただのぼっちです、はい』
「ボッチって何?」
『え、えっと、1人ぼっちのことですね……』


 まさか説明させられると思っていなかった。何が悲しくてぼっち予備軍がぼっちの説明をしなきゃいけないのだ。


「1匹狼ってこと?」
『私はうまく輪に入れないだけだから違うかな……1人が好きなわけじゃないし』
「ふぅん」

(あっ、やっぱり興味なさそう)

「あえて輪に入らないようにしているように見えるけどな」
『そ、そう……?』
「杖も黒檀だし」
『え?杖?』
「自立精神が高く、信念を持ち、馴れ合いを好まない者が持ち主になりやすい……だったかな」
『へ、へぇ……詳しいんデスね』


 その知識にも驚きだが、ノアの杖材を知っていることに心底驚いた。ノアはセオドールに杖のことを話した覚えがないばかりか、芯材の珍しさに気を取られて木材が何であったかなんて忘れていたというのに。

(なになに?セオドールって私のこと好きなの?好感が持てるってそういう意味?)

 既に違うと否定された後だというのに、そう勘違いしてしまいそうだ。それはノアが“それしか脳がない女子”だからではなくて、セオドールの態度に問題があると思う。イギリス人って怖い。一匹狼の敬意って怖い。


「ああそうだ」


 しばらく沈黙が続いたが、寮の入り口まで来たところで、セオドールが思い出したように口を開いた。


「スネイプ先生が探してた。見かけたら地下牢教室に来るよう伝えてくれってさ」
『えっ、ありがとうすぐ行く』
「行ける?案内しようか?」
『平気ですっ』


 皮肉めいた笑みを見せるセオドールに完成させたばかりの地図をバーンと見せ付け、近道目指して走り去る。
 一瞬でその精巧さを見抜いたセオドールは「やっぱりすごいな」と呟き、宿題の続きをするために図書館へ戻った。
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