ノクターン | ナノ トロールの襲撃
賢者の石[16/29]
 忍びの地図を手に入れてからのノアの学校生活は、それまで以上に充実したものとなった。
 毎日あちこち歩き回っては『わあ!隻眼の魔女だ!ここからホグズミードに……』と像を上下させて遊んでみたり、『へー、おべんちゃらのグレゴリーの銅像ってこんななんだー』と“おべんちゃら”がなんたるかを確認したり――地図と実際の風景を結び付け、覚えた目印を手製の地図に書き込むつもりで始めた放課後の冒険は、いつしか城探索そのものが目的になっていた。

(わっ。もう4時だ)

 ノアは『いたずら完了』といつもの呪文で遊びの時間をしめ、勉強モードへと頭を切り替えた。
 毎日4時から30分、にんにくの香り漂う教室で闇の魔術を教えてもらい、その後地下牢教室へ向かうのもノアの日課だった。


『今日は教えてほしい魔法を書き出してきました』
「こ、こんなに?他人に日記を読まれないようにする呪文、心を読まれないようにする呪文、記憶を奪う呪文、姿を消す呪文、武装解除……いったいどこで何に使う気なんです……」


 クィレルはブツブツ言いながらもリストをレベル順に直した。優先順位の高いものから並べていたノアは、ちょっとだけがっかりしながら席につく。


『そうそう、闇の魔術といえば、服従の呪文ってどんな生物にも効くんですか?クモやゴブリンに効くことは知ってるんですが、他にもたとえばケンタウルスとか人狼とか――トロールとか?』
「……お、大きいほうが難しく、賢いほうが難しいというのが一般的です」
『ということは?』
「効くには効く……術者の才能によりですが……な、なぜそのようなことを?」
『単なる学術的興味です。いろんな呪文を覚えるより、服従の呪文で大人しくさせるのが手っ取り早いんじゃないのかなと思って』
「ケ、ケンタウルスや人狼を?……き、禁じられた森に行く予定でも?」
『ないですよー。あ!森といえば、この前の授業で森が一望できるくらいまで高く飛べたんです』


 あまり深く突っ込まれると困る質問だったため、ノアは話題を切り替えた。


『風が気持ちよくて、遠くまで見渡せて……感動しちゃいました。ホグワーツってどこ見てもきれいですね。私、ここの生徒になれて本当によかったです』
「は、はあ……」
『あと、湖に住む大イカっていうのもついに見つけました。そうだ、スリザリン寮の窓から見えるのが湖の中だって先生は知ってました?私は知らなくて、入学式の次の朝に窓の外を魚が泳いでいるのを見てびっくりしちゃいました。そんなに遠くまで地下が広がっているなら迷子になっても仕方ないですよね』
「そ、そうかもしれませんね」


 ノアが話し続けるため、クィレルは頷き続けるしかなかった。


「ふ、普通からそんなに話すのですか?私が聞く限りでは、あなたは大人しく真面目で勤勉な生徒だと……」
『だって、寮ではしゃいだらまたおのぼりさんって言われちゃうじゃないですか』
「だから隠していると?」
『そうですよ。でもクィレル先生は私のこと馬鹿にしないし、家族だからいいかなって』


 頬杖をついたノアがにっこり笑ったところで、教室のドアを叩く者があった。
 ノアが口を閉じ、羊皮紙を片付けたのを確認してからクィレルが返事をする。入ってきたのは、全身どころか周囲の空気まで黒一色を纏ったスリザリンの寮監だった。


「せ、セブルス?い、いったい何の用で――」
「人探しだ」


 スネイプはローブと同じ色の目を教室内に走らせ、クィレルの影に自寮生を見つけると眉根を寄せた。

(やばっ)

 ハッとしたノアが立ち上がって時計を見れば、4時50分。スネイプに地下牢教室を使わせて欲しいと頼んだ時間を5分過ぎている。


『すみませんすぐに移動します!』
「そうしたまえ。でなければ――」


 2度と使わせないと言おうとしたときには既にノアの姿はなかった。バタバタと走っていく足音だけがこだましている。スネイプはフンと鼻を鳴らし、部屋に残ったターバン姿の男をにらみつけた。


「過剰な接触は何か企みがあってのことかと疑われても仕方ありませんぞ」
「わ、私はただ、せせ、生徒の質問に答えているだけで……た、企みなんて、な、何も……」
「授業は週に1〜2回。にもかかわらず毎日、同じ時間に呼びつけ、質問に答えているだけだと――そのような嘘がまかり通るとでも?」
「う、嘘ではない。いい、言いがかりだ……」
「では本日はどのような話をしたのかお聞かせ願おう。1年生の内容で、時間を延長してまで御高説垂れるほどのものがいかほどのものか、我輩も非常に興味がある」
「せ、セブルス、あ、あなたが闇の魔術に対する防衛術教師になりたがっていたのはし、知っている。しかしだからといって、わ、わた、私の授業内容に口を挟む権限は、な、ないはずだ…」


 どもりながらも、クィレルはしっかり言い返した。


「そ、それに、べ、別の授業の話をしてはいけないという決まりもない。あ、あの子にだって、し、質問をする相手を選ぶ権利がある」
「つまり――他の教科の質問も受けていると――そう言い逃れるつもりか?」
「い、言い逃れではない。わ、私が信用できないのであれば、あ、あの子にき、聞けばいい」
「……いいだろう。そうしよう」


 スネイプはもうひと睨みしてからローブを翻し、靴音を響かせて地下へ向かった

* * *

(1日にあれもこれもっていうのは無茶だったかな)

 スネイプの追及が迫っているとも知らず、ノアは鍋や秤を準備しながらスケジュールの再考をしていた。

 城を探検して、クィレルのところへ行って、調合の練習をして、夕食を食べて、図書館に行って本を借りて、談話室でみんなの話を聞きながら宿題をして――今のところ“充実した”で済んでいる生活も、授業が難しくなったら負担になってしまうかもしれない。

(どれも削りたくないなあ)

 こんなときに欲しくなるのが逆転時計だ。しかしどんなに望んでも、ノアが逆転時計を手にできる可能性があるのは早くて3年生。それまでは目にすることすらかなわない。

 ただ逆に言えば、3年生からはやれることがいっきに増える。たくさんの授業を受けて、遊んで、疲れたら戻って寝ればいい。そのためには授業の予習復習が第一――と考えがまとまりつつあったところで、バァンと勢いよく教室のドアが開いた。

 ノアの手からねずみの尻尾が、そして頭からスケジュール案が抜け落ちた。


『す、スネイプ先生?どうされました……?』
「遅刻の原因をお聞かせ願おう」
『つ、つい話に夢中になっちゃって、時計を見るのを忘れていました……す、すみません』


 ノアが言い訳している間もスネイプはカツカツと歩みを進め、ノアの正面で机に手をついて覗きこむように睨みつけた。


「夢中に。なるほど。ネビル・ロングボトムに使用した魔法もあやつに習ったのか?ん?それで大衆の前で試してみろと唆されたわけか。実に単純で考えなしだ愚かしいほどに」
『練習に付き合ってくれたのはクィレル先生ですけど、使ったのは私の判断です』
「それを唆されたと言うのだ馬鹿者が」
『どうしてクィレル先生に教えてもらっちゃダメなんですか?』


 理由はわかっていたが、ノアはあえて尋ねた。スネイプが答えるはずがないと思ったからだ。しかしスネイプは事も無げに「あやつは教師としての資質に欠けるところがある」と言ってのけた。ハリーたちが聞いたらお前はどうなんだと憤慨すること間違いなしだろう。


『し、資質というと?どもっていて聞き取りにくいですけど、そのことに目をつぶれば教え方はわかりやすくて上手ですよ』
「教師のほうから個人的な指導を提案してくるなど何か裏があるとは思わんのかね」
『クィレル先生も私がボッチだっていう噂を聞いて心配してくれたんです。それで――』
「実力でねじ伏せればいい、自分が教えてやると――そう持ちかけてきたわけですな?」


 ニヤリと引き上げられた口角を見て、ノアは自分が誘導尋問にかかったことを悟った。
 クィレルの方からの提案であったことを認めてはいけなかったのだ。あくまでノアが質問をしに行っている体を取るべきだった。しかしもう遅い。スネイプは「提案されたのは闇の魔術かね?」と鋭く見抜いてきた。


「君はスリザリン生だツクヨミ、協力を仰ぐのであればまず寮監である我輩に当たってしかるべきであろう。あの教師のところに通うのはやめたまえ」
『え、それってスネイプ先生が魔法も教えてくださるってことですか?』
「君がそれを望むのであれば――可能な範囲で」
『……わぁお』


 まさかの返答だった。こんなにもグリフィンドール生とスリザリン生で待遇が違うとは正直驚きだ。ドラコがシーカーになったからってフィールドの使用許可を出しちゃうだけのことはある。


「しかし君は既にある程度の信頼を得ているように思える君が他のウスノロとは違うと――皆認めているであろう」
『でも先生、私は皆をあっと言わせたくて勉強しているわけじゃないんです』
「ほう?」
『調合も、箒に乗るのも、魔法植物を育てるのも、杖を振るのも、全部楽しいからです。魔法界のことは何でも知りたいですし、魔女じゃないとできないことは全部やりたいんです。だってホグワーツですよ?世界一の魔法学校ですよ!?やらなきゃ損!……で、ですよね……?』


 思わず力説してしまったノアは、眉間に深く刻まれた皺を見て小さくなった。


「言い分はわかった」
『すみませ……え?』
「よかろう。本を紹介してやる。読んで理解するところまでは自分でやりたまえ。杖を振る段階でうまくいかなければ見てやる」
『ほ……?』


 ポカンとしているだけのノアに向かい、「不満か」と低い声が発せられる。ここで不満だと言えば――もちろん不満なんてないが――雷が落ちることは間違いないだろう。


『いえ……ただちょっと意外だったというか感動したというかますますファンになったというか……』
「ファン?」
『あっ、間違えました今のなしで。……どうしてそこまで目をかけてくれるんですか?』
「グレンジャーに首席の座を譲るのは鼻持ちならん」
『ああ、そういうことですか』


 吐き捨てられた無茶苦茶な理由に妙に納得した。クィレルに近寄らせないのも、単に心配だということではなく寮監としてのプライドも関わっていると考えると腑に落ちる。
 なんて言ったら怒られるのは目に見えているので、ノアは両手でガッツポーズを作って『やってやりましょう』と打倒グリフィンドールを掲げた。
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