ノクターン | ナノ 魔法薬の先生
賢者の石[12/29]
 次の日、ノアは万全の準備を整えて魔法薬学のクラスを迎えた。ざわつく地下牢教室で、1人黙ってドアを注視して待つこと数分。今か今かと待ちわびた瞬間がついにやってくる。

 勢いよくドアが開く音。足早に入ってくる黒い塊――。それまで続いていたおしゃべりがピタッと止まり、全員が魔法薬の先生に注目した。


「この授業では杖を振ったり馬鹿げた呪文を唱えたりはしない」


 シンと静まり返った教室に、低い声と高い靴音が響く。スネイプは長いマントを翻して前方を横切り、教室の端まで行くと振り返って「いいかね?」と呟くように言った。


「諸君が魔法薬調剤の微妙な科学と、芸術的な技を真に理解できるとは期待していない。だが一部の――素質のある、選ばれたものには……伝授してやろう、人の心を操り感覚を惑わせる技を」


 途中で言葉が区切られる度に、意味ありげな視線が数名の生徒に向けられる。
 ずるい。羨ましい。こっちも見てほしい――そんな気持ちも込めつつ、ノアは瞬きすら惜しんでスネイプを見つめた。


「我輩が教えるのは名声を瓶の中に詰め、栄光を醸造し、死にすら蓋をする――そういう方法である」


 とうとうと続いた演説がひと区切りし、教室内がわずかにざわつく。“死”を始めとする大げさな単語がいくつか出てきたことで、何人かが不安そうな顔をし、また他の何人かが目を輝かせていた。


「ところで――諸君の中には自信過剰のものがいるようだ既にホグワーツに来る前に力を持っているから、授業など聞かなくとも良いというわけだ」


 スネイプの視線を辿り、クラス中の目がハリーに向く。ノ―トに何かを綴っていたハリーは、ハーマイオニーに肘でつつかれてその手を止めた。

 すみません、という顔をしているが、そんなことでスネイプが許すはずがなかった。何せハリーはジェームズそっくりなのだ。「Mr.ポッター」という猫なで声で、これから6年間続くハリーいびりが華々しく幕を開けた。


「その名も高きMr.ポッター。アスフォデルの粉末にニガヨモギを加えると何になる?」


 苦い顔をするハリーの隣でハーマイオニーが勢いよく手を上げた。ノアは迷ったが、でしゃばりだと目を付けられるのも嫌なのでじっとしていることにする。
 引きつづきスネイプを注視することに全身全霊をかけていると、黙っているハリーを見る黒い瞳が意地悪く光るのがわかった。


「わからんか?ではもう1問。ベゾアール石を見つけるにはどこを探せばよい?」


 ハーマイオニーが再び空中に高々と手を上げた。ハリーはその姿をチラリと見た後で小さく首を横に振った。


「わかりません」
「ではモンクスフードとウルフスベーンの違いは?」
「わかりません」
「情けない。名前ばかり有名でも仕方ない――そう思わんかポッター」


 寮監の嫌がらせが成功したことで、スリザリンのテーブルからクスクス笑いが起こった。ハーマイオニーはとうとうイスから立ち上がり、地下牢の天井に届かんばかりに手を伸ばした。

(すごいなあ)

 自力で答えを調べてきたからこそ、ハーマイオニーの勤勉さがよくわかる。ノアは質問がわかっていたため答えを探し、覚えてくることができたが、何が聞かれるかわからない状態だったらとてもじゃないが答えられないだろう。


「ツクヨミ」
『はいっ!?』


突然名前を呼ばれ、声が裏返った。


「代わりに答えたまえ」
『あ……え……』
「先生、ハーマイオニーがわかっているようですから、彼女を指したらどうでしょう?」


 驚きのあまり声が出せないでいるノアを自分と同じ状態だととったハリーがスネイプに提案した。今度はグリフィンドール側から笑い声がした。ハーマイオニーはピョンピョン飛び跳ねて猛アピールしたが、スネイプは不快そうに顔をしかめただけだった。


「我輩の授業で他人への気遣いは無用だポッター。――ツクヨミ、アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になる」
『い、生きる屍の水薬……眠り薬です』
「正解だ。スリザリンに10点」


 おおっと声が上がった。ハリーが口をあんぐりと開け、ハーマイオニーは悔しそうな顔をした。ごめんと思いつつ、込み上げてくる喜びを抑えることはできなかった。


『ベゾアール石はかなり入手しにくくて、見つけるためには、ヤギの胃を探す必要があります。モンクスフードとフルフスベーンの違いは名前だけです。どちらも元は同じで、脱狼薬の材料になる植物です』
「……さよう。ベゾアール石はたいていの薬に対する解毒剤となる。モンクスフードとウルフスベーンは共にトリカブトのことだ。――どうした諸君、なぜ今のを全部ノートに書き取らんのだ」

(よかった。一瞬減点されるかと思った)

 聞かれていないことまで答えた後に間が空きひやりとしたが、ノアが注意されることはなく、スリザリンはもう10点獲得した。その後スネイプは羽ペンが羊皮紙の上を走り出す音にかぶせ、グリフィンドールから1点を引いた。

(あれ?あんまり点数を稼ぎすぎると良くないのかな?)

 寮杯をスリザリンにと意気込んでみたものの、あの学年末の大逆転劇はハリーたちの自信へ繋がっているはずだ。ノアは既に他の授業でも点数をもらっていたため、今の20点で大幅にリードを奪ったことになる。元に戻すには、だいぶ悪いことをしなければならない。

(やだな……怒られたくないな……)

 憂鬱な気分になったところで、1年後の心配をしている場合ではない出来事が起こった。スネイプが2人ずつ組みになるように言ったのだ。ノアは自分の頬が引きつるのを感じた。
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